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宮本武蔵 剣豪の命日を前に遺徳を偲ぶ [人物]

 宮本武蔵の命日である旧暦5月19日を前に、宮本武蔵顕彰祭が17日行われ、熊本市龍田町弓削の武蔵塚公園で「二天一流」を継承する少年剣士たちが演武を披露した。(2009.5.17熊本日日新聞)

 武蔵が死亡したのは正保ニ年五月十九日(1645.6.13 )、著書である「五輪書」の記述「歳つもりて六十」を単純に計算すれば、書き上げた寛永ニ十年(1643)に60歳であったなら生年月日は天正十二年(1584)頃であったのではないかと考えられている。宮本武蔵に関する信憑性のある史料というのは少なく、現代の私達が持っているイメージというのは死後作り上げられたものが多いということです。

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『武蔵塚公園にある宮本武蔵の墓』 

 武蔵の遺骸がどこに埋葬されたのかについても実はわかっていない。現在、武蔵の墓といわれてるものは5ヶ所あります。私が興味を持ったのは、北九州市小倉の手向山の頂上に養子である宮本伊織が建立した高さ3m程の碑(墓)です。この碑は明治ニ十年までは宮本家の墓所にありましたが、同地を旧陸軍が砲台を構築することとなり、現在の場所に移転したそうです。移転当時、区長を務めていた方が座談会で碑の下を掘ったところ、大甕が現れて中に大髷を結った大男の遺骸が水に浸かっていたそうです。これが外気に触れると、忽ち崩れてしまったという。

 俄かには信じがたい話ではありますが、移転に立合った方の話ゆえに全くの出鱈目ではないかもしれません。大甕は現在の碑の下に埋められたということです。甕の中の遺骸が武蔵なのかどうかは、今後の調査次第であるようです。

*コメントと写真を追加しました。(2011.12.12)


タグ:宮本武蔵
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