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野村望東尼 勤皇の志士達をかくまった歌人の遺徳を偲ぶ [人物]

 幕末の歌人で勤王家の野村望東尼(ぼうとうに)が晩年流刑にされた糸島市志摩の姫島で8日、恒例の慰霊祭があり、志摩望東会(吉村勝会長)のメンバーら約60人が遺徳をしのんだ。(2010.5.9西日本新聞)

 彼女が隠棲していた平尾山荘(現福岡県中央区平尾)は勤皇の志士達の隠れ家であった。長州の高杉晋作も政権を握った保守派から逃れるため、尼の下に身を寄せている。晋作は後に彼女が尊攘派弾圧により幽閉された際、病床から尼の救出を指揮している。死の床で「面白きこともなきよに面白く」という晋作の歌に「すみなすものは心なりけり」と続けたのは長州で再会した望東尼であった。

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 福岡藩士浦野勝幸の娘もと(文化3~慶応3 1806-1867)は同藩野村貞貫と結婚後、四人の子をもうけましたが全員幼くして亡くしています。後に夫婦二人は歌人大隈言道の門人となり、もとは歌の才能を大きく開花させました。夫の死後は剃髪をし、招月望東禅尼という法名を得たのです。

 家庭内で不幸が続いた望東尼でしたが、それでも歌を詠みながら静かに余生を送るごく普通の女性にしか思えません。それが、どうして幕末の動乱に身を投じることになったのでしょうか。歌人であったことから、多感な心の持主であり、勤皇の志ももともと備えていたのでしょう、安政5年(1858)には逃亡中の僧月照を山荘に匿っています。そして何よりその生涯において、勤皇運動に身を投じる動機となったのが、文久元年(1861)11月に出発した予てからの希望であった都への旅であったのです。

 京の親類宅にて翌年6月まで滞在しながら、名所旧跡を見学し、蓮月焼きで有名な太田垣蓮月や謹慎中であった村岡局を北嵯峨野の直指庵に訪ねています。そして、同時期の京都には公武合体論を携えた薩摩の島津久光が武装藩兵千名と共に入京していました。これに全国の尊攘浪士達は久光公が倒幕の先兵になると沸き立ちますが、その誤解から寺田屋事件という同藩士による血なまぐさい粛清が引き起こされています。

 都において、望東尼は憂国感で沸騰寸前となった尊攘運動の空気を敏感に感じていたことでしょう。帰国後、京で知り合った福岡藩御用商馬場文英と時勢に関する情報交換を行い、送られてきた密書を回覧するために志士達が彼女の下に集まるようになってきました。やがて、平尾山荘は表向きは和歌の社交場として、勤皇の志士達による攘夷論が熱く論じられていたのです。

 彼女の歌は夫の死後こそ「かりがねの帰りし空をながめつゝ 立てるそほづは我身なりけり」のように自らをそほづ(案山子)に喩え、女性が独りで生きていくことの辛さや虚しさを詠んでいました。ですが、山荘が勤皇家達のサロンとなった頃には「もののふの大和心をよりあわせただひとすじの大綱にせよ」と希望と生命力に満ちた歌を多く詠んでいます。

 それらの歌からも、彼女が志士達の逃亡の手助けをする裏方としてだけでなく、自身も心から憂国の念にとらわれていたのが判ります。「あづさゆみ引く数ならぬ身ながらも思ひいる矢はただに一筋」 慶応3年9月(1867)、薩長の東征軍を見送る彼女の心中は銃を担った藩兵達と一緒だったことでしょう。しかし、高杉晋作と同じく時代の回転を見届けることなく、その年の11月に62年の生涯を閉じました。彼女の遺徳と同様にその歌は今も詠み継がれ、志士達を匿った山荘も現在は公園として整備され、保存されています。

 

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ノリパ

福岡では知らぬ人がいない方です。公園もありますよ。
福岡に来た歴史好きの人は、必ず心を奪われる方です。素晴らしいんですよね。
姫島に流されたんですが。微妙に近い島です。泳いでも行けそうな所です。
by ノリパ (2010-05-15 18:41) 

Yubarimelon

ノリパさん、コメントありがとうござます。

郷里に誇れる人物がいるというのは羨ましいですね。ノリパさんのコメントからも望東尼への熱い想いが感じられました。
by Yubarimelon (2010-05-16 10:32) 

Yubarimelon

niceを入れていただいた皆さん、ありがとうございます。
by Yubarimelon (2010-05-23 23:49) 

bamboosora

こんなにご無沙汰してたんですね。(ゴメンなさい。)
でも、久しぶりに歴史のお話を堪能しました。
by bamboosora (2010-08-27 13:18) 

Yubarimelon

気が向いた時のblogということで、良いのではないでしょうか。私の場合はそうですよ。
by Yubarimelon (2010-08-29 11:05) 

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