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小室達と伊達政宗卿騎馬像 [人物]

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 宮城県仙台市のシンボルといえば、誰もが仙台城址の伊達政宗騎馬像を思い浮かべることに異論はないであろう。放送メディアのなかで仙台市やそのトピックスを紹介する際には、必ずといってこの銅像をワンカット目に写し出すのはすでに定番といえる。さらに、お土産の包装紙や七夕のポスター等には、写真やシルエットが当り前のようにモチーフとして印刷されているのは周知のとおりだ。

 だが、この像は仙台市民にしてみれば、渋谷駅のハチ公像のように日常普段から目に親しんでいるというものでもない。仙台城址は駅周辺の中心地から少々外れた場所に位置している。市内在住の方でさえ、日常的に青葉山に登るという人はそう多くはないのではないか。それゆえ、平成20年までJR仙台駅構内に置かれていた白い政宗公騎馬像の方が、余程市民には馴染み深いものであった。(1)

 それでも、千代とかぎらず発展し続ける仙台の街並を見下ろす城址に、騎馬像を制作できた彫刻家小室達にしてみれば、伊達領内に生まれ育った者としても一代の栄誉であったに違いない。

 南に豊かな水量を誇る阿武隈川の流れと、北の蔵王山系に抱かれるようにひろがる宮城県柴田町。この山間の入間田で小室達は明治32年に生まれた。地元の中学卒業後、東京美術学校彫刻科塑造部に進学し彫刻家としての道を歩き出した。在学中からその才能を萌芽させ、第5回帝展からは無審査での出品となり、27歳にして日本彫刻界における地位を確立している。

 仙台城址の政宗公騎馬像は、公の三百回忌に当たる昭和10年の記念事業として企画されたものだ。昭和8年に宮城県青年団からこの制作依頼を受けた小室は、帝展への出品も取りやめ騎馬像の制作一本に全神経を集中した。1年半の制作作業を経た昭和10年5月、完成した騎馬像は仙台城址でお披露目され、そのあまりの重厚さに感動した来賓の拍手が青葉山に響き渡ったとされている。

 しかし、戦争が小室とこの騎馬像の運命に暗い影を落とした。戦時中の金属類回収令で、この騎馬像も例に漏れず官に引き渡され、仙台城址から撤去された。小室自身も制作環境を奪われ、長女と鹿児島の西郷隆盛像や初代ハチ公像の作者で美術学校の先輩であり、共に槐人社を立ち上げた安藤照を東京大空襲で失った。

 敗戦後、彫刻界にも自由な空気がうるおいはじめたが、病に蝕まれた小室は昭和28年に肺結核で亡くなった。一方、回収された騎馬像は、上半身のみ塩竈港の東北ドック(現東北重機工事株式会社)に放置されてあったのを、宮城県の郷土史家である石川謙吾が発見し、これを私費を投じて買取ったという。氏はこの胸像を青葉神社に奉納し、像は昭和36年仙台市立博物館が開館された際、同敷地内に移された。現在、同館中庭には設置されている政宗公の胸像がそれである。

 昭和28年、仙台城址には柳原義達の手による政宗公平和像が設置された。しかし、騎馬像の復活を強く仙台市民が望んだこともあり、柴田町に保管されていた騎馬像の石膏原型を元に二代目となる政宗公騎馬像をブロンズ化し、東京オリンピック開幕の前日である昭和39年10月9日に披露され、それは今日に到っている。(2)

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『馬事博物館に奉納された試作品の騎馬像』

 現在、私達は小室達が残した三体の政宗公騎馬像を宮城県内で目にすることが出来る。仙台城址以外のものは、岩沼市の竹駒神社に併設されている馬事博物館で展示されている騎馬像である。竹駒神社は古くから馬の集散地としてにぎわってきた歴史もあり、昭和14年に馬に関する品々を集めた博物館として開館したものである。

 ここに収められている多くの収蔵品は、東日本一帯の馬市を取り仕切っていた渡邊豊蔵という博労の繋がりで寄贈されたものだそうだ。小室達は政宗公騎馬像を制作するに当たり、豊蔵から馬に関して多くの指導を受けたという。その関わりから小室が博物館に像を奉納したのだそうだ。この銅像は仙台城址の騎馬像の3/4サイズで一回り小さく、太刀の位置や馬の尻尾の形状が異なっていることから、制作段階の試作品である。(3)

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『柴田町農村環境改善センター内の木像原型』

 もう1点は、小室の生家に近い入間田にある柴田町農村環境改善センターのロビーに設置されている木像原型である。この像は昭和62年に放映されたNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』に合わせ、同年仙台駅構内に設置されていたものだ。館内で受付をされていた方の話からは確認出来なかったが、これこそ小室が直接手がけたオリジナルの原型なのではと私は考えている。台座上の像と違い、間近で見ることの出来る騎馬像の迫力には誰しもが圧倒されるであろう。

 戦後、失意の中から誰もが立ち直るべく時代が到来した矢先、病に倒れた小室達だったが、地元柴田町では今も郷土の偉人としてその功績を後世に残そうと努めている。彼の作品のほとんどが同町の小学校や公共施設に設置されているのもその表れであろう。また、しばたの郷土館では毎年小室の企画展を開催し、JR槻木駅では駅前と構内に計4体の女性像が展示されており、自由に見学可能だ。

(1)平成20年2月まで仙台駅二階コンコースに置かれていた政宗公騎馬像は岩出山城址の麓、JR有備館駅前に移設された。こちらは仙台駅に置かれていた当時、待合わせ場所の定番であった。デザインは仙台出身の松尾ルミ子氏、彫刻は神吉善也氏が担当した。

(2)当時の社会情勢から軍国主義を連想させる騎馬像の設置は相応しくなかった。このセメント製の立像は岩出山城址に移設されている。

(3)馬事博物館は正月三が日及び旧暦二月の初午の日から1週間開かれる大祭期間中の土日のみ開館されます。それ以外では団体客の事前予約があれば見学は可能とのこと。

参考にさせていただいたサイト

柴田町HP 小室達、数々の彫刻が饒舌に語る、熱き情熱

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