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時代別記事一覧 [アーカイブ]

日本史

 古代

  三角縁神獣鏡 その存在が歴史を混乱させる特異な出土品 [Topics](2010.1.11)

  纒向遺跡 卑弥呼の宮殿?国内最大級の建物跡を発見 [史跡] (2009.11.11)

  邪馬台国論争に終止符は打たれるのか? 箸墓古墳墳墓の早期発掘調査を望む [史跡](2009.5.31)

  箸墓古墳 卑弥呼の死亡時期と築造期が重なる事が判明 [史跡](2009.5.30)

  纒向遺跡 卑弥呼の宮殿を発見? [Topics](2009.3.21)

  纒向遺跡 発掘調査中間報告 [Topics](2009.3.6)

  邪馬台国有力候補地の発掘調査開始 [Topics] (2009.2.19)

 鎌倉政権成立以前

  琳聖太子 子孫が韓国益山市武王陵墓を参拝 [人物] (2009.5.3)

  平城遷都1300年祭 遣唐使船を復元、秘仏も公開? [Topics] (2009.4.15)

  讃岐国府跡 県教委とボランティアが共同調査へ [Topics](2009.3.5)

  京都松尾山 平安前期未知の寺跡発見 [Topics](2009.3.2)

  清水寺 坂上田村麻呂坐像99年振りの公開前に法要 [Topics](2009.3.1)

  石清水八幡宮欄間彫刻の修復完了 [Topics](2009.2.20)

  私的考察「野木宮合戦は寿永二年か?」 [史実]  (2008.12.4)

  桐生六郎は不忠の臣か? [人物] (2008.11.15)

 中世

    新田義貞 倒幕軍挙兵の際に使用された軍旗を公開 [Topics](2010.6.15)

  京都石山寺 南北朝期の「源氏小鏡」発見 [Topics](2009.3.14)

  足利学校 盗難に備え孔子坐像を複製品に交換 [Topics](2009.3.4)

  一休さんの坐像修復を終える [Topics] (2009.3.3.)

 戦国時代

  安井道頓市右衛門 道頓堀開削四百年を記念しイベントを開催 [人物](2015.7.31)

  戦国大名蘆名家最後の当主となった蘆名義広の書状が発見される [topics](2012.12.22)

  如春尼 東西本願寺分裂の要因をつくった女性の真実の姿は [人物](2012.12.4)

  もう一つの「のぼうの城」 由良家を存続させた甲斐姫の祖母妙印尼輝子 [人物] (2012.11.9)

  種崎浜の悲劇 処刑された長宗我部旧臣73名の慰霊祭が初めて行われる [史実](2011.4.19)

  真柄十郎左衛門直隆 剛勇無双の戦国武者真柄直隆の甲冑を再現 [人物](2011.2.27)

  桑折宗長 発見された政宗の書状が多賀城市に寄贈される [人物](2010.6.27)

  松姫 娘の病気治癒を祈る信玄公の願文が発見される [人物](2010.4.27)

  白鳥十郎長久 その実像にせまる書状を発見 [人物](2010.3.13)

  屋代越中守秀正 戦国乱世を生き抜いた処世術 [人物](2009.11.14)

  塚原土佐守高幹 推定地扱いであった卜伝の城を本格調査 [人物] (2009.9.27)

  聚楽第行幸図屏風 上越市個人宅で昨年発見され鑑定の後公開 [Topics](2009.9.16)

  犬山城 築城年代を確定するための本格的調査開始 [史跡](2009.8.2)

  竹中半兵衛重治 若き日の秀吉を支えた軍師の430回忌法要 [人物](2009.7.14)

  筒井順慶 日和見主義者のイメージを晴らすべく冊子を発行 [人物](2009.7.4)

  岩出山城 政宗公祭りPRに「戦国BASARA」から助っ人 [史跡](2009.6.20)

  飯田角兵衛直景 加藤清正を偲ぶイチョウ木の由来碑を子孫が建立 [人物](2009.6.18)

  山本勘助 市河文書を山梨県教育委員会が購入へ [Topics](2009.6.12)

  新納武蔵守忠元 没後400年を顕彰する実行委員会が発足 [人物] (2009.6.3)

  豊臣秀吉 現在も不明のままであるその死因に新説を発表 [人物](2009.5.29)

  長谷川等伯 「花鳥図屏風」重要文化財級の発見 [Topics] (2009.5.28) 

  関ヶ原 慶長5年(1600)当時の集落調査を開始  [古戦場](2009.5.26)

  前田慶次 京から米沢上杉家までの旅日記の復刻版 [人物](2009.5.12)

  直峰城 「天地人」効果で観光客に静かなブーム [史跡](2009.5.10)

  大垣城 寄贈された鉄門の解体作業で出所が判明 [史跡](2009.5.9)

  山本菅助 群馬県安中市民家で信玄の書状を新発見 [人物](2009.5.1)

  「愛と義の武将」を巡る旅 [Topics](2009.4.26)

  大太刀「太郎太刀」を再現 真柄直隆・隆基親子を後世に [人物](2009.4.24)

  非業の死を遂げた鶴姫 420回忌供養 [人物](2009.4.23)

  「直江状」公開 長浜歴史博物館にて戦国武将文書展 [Topics](2009.4.21)

  黒田官兵衛孝高 御着城址に顕彰碑建立 [人物](2009.4.12)

  又兵衛桜 放浪の戦国武将後藤又兵衛を偲ぶ [人物](2009.4.8)

  彦根東高校 現代によみがえる井伊の赤備え [史実](2009.3.27)

  上杉影虎ゆかりの品を文化財に [Topics](2009.3.26)

  魚津城の戦い 歴史を見届けた名木で製作された机を発見 [史実] (2009.3.22)

  福知山城 穴太衆野面積みの魅力 [史跡](2009.3.16)

  焼失した狩野探幽の障壁画を復元 [Topics](2009.2.24)

  桃山陵墓地 研究団体に初公開 [Topics] (2009.2.23)

  都からの馥郁たる香り [人物](2009.2.11)

  桐生大炊介祐綱 [人物](2008.10.31)

  直江山城守兼続 「愛」の一文字にこめた想い [人物] (2008.10.1)

  城を巡る旅(上泉城) [史跡](2008.9.16)

  城を巡る旅(上田城) [史跡] (2008.8.26)

  上泉伊勢守信綱 [人物] (2008.8.5)

 徳川幕藩体制

  豊臣秀頼の墓 [人物](2016.12.31) :http://yubarimelon.blog.ne.jp/2016-12-31

     磯貝十郎左衛門正久 主君に隠し習い続けた琴の爪を胸に秘めた白皙の義士 [人物](2016.9.22):http://yubarimelon.blog.so-net.ne.jp/2016-09-22

  忠僕元助 生涯を掛けて四十七士の冥福を祈った従僕の供養祭が行われる [人物] (2016.3.30):http://yubarimelon.blog.so-net.ne.jp/2016-03-30

  馬場出雲親成 真筆ならば唯一現存する政宗公自筆画が発見される [Topics] (2015.10.31)

  八ツ鹿踊り 政宗公から賜いし九曜の星を背負った八人の鹿 [史跡] (2015.3.25)

  寿福院 加賀百万石の母芳春院との生涯で只一度の対立 [人物] (2015.2.28)

  伊達兵部大輔宗勝 無念にみちた余生、土佐高知での記録 [人物](2015.1.6)

  千馬三郎兵衛光忠 主君への直言も厭わない堅物さと遺される家族への気遣いを併せ持つ一途な義士 [人物](2014.12.15)

  義僕甚三郎 本懐を遂げた赤穂四十七士を労った近松行重の家来 [人物](2014.8.21)

  官兵衛の兜 黒田騒動の中心人物栗山大膳が伝えた至宝 [史実](2014.2.17)

  矢頭右衛門七教兼 困窮に耐え亡父の胴鎧で本懐を遂げた美貌の義士 [人物] (2013.7.27)

  和田因幡と居具根と黒松と [史実](2012.6.16)

  仙臺まつり 甦る仙台っ子の誇りと夢、往時の絢爛豪華を伝える青葉まつり[topics]  (2012.6.1)

  茅野和助常成 もと咲く野辺に枯れる覚悟をこめた自筆の遺書が発見される [topics](2011.12.15)

  宇和島さんさ 仙台藩への意地と伊達侍の心意気から生まれた民謡を後世に [史実] (2011.10.24) 

  女たちの伊達騒動 [史跡](2011.9.8)

  宝暦治水事件 美濃の人々に受け継がれた薩摩藩士達の尊い犠牲 [史実] (2011.5.15)

  伊達綱村 仙台藩四代藩主以降の墓所 大年寺跡地を市が取得 [史跡](2011.2.09)

  近松勘六行重 吉良邸討入りで使用したと伝わる槍を子孫が奉納 [人物](2010.12.13)

  国定忠治 義侠の徒かお尋ね者か、イベント中止を契機に歴史的再評価を [人物](2010.11.29)

  松平兵部大輔斉宜 尾張領内での無礼討ちは史実かフィクションか? [人物] (2010.10.1)

    古内志摩義如 酒井雅楽頭邸より唯一人生還した仙台藩国老を偲ぶ [人物] (2010.9.11)

  荘厳寺の逆さ門 [史跡] (2010.8.30)

  お夏と清十郎 物語として語り継がれる悲劇の二人を供養する [史実] (2010.8.10)

  酒井雅楽頭上屋敷跡 [史跡] (2010.5.23)

   伊達騒動 原田甲斐の肖像画が初公開される [Topics](2010.5.7)

  堀内伝右衛門重勝 菩提寺にて大石内蔵助ら十七士の遺髪を供養する義士まつりを開催 [人物] (2010.2.9)

  仙台城 伊達藩の酒造り発祥地を証明する木簡が出土 [史跡](2009.12.11)

  原惣右衛門元辰 吉良邸討ち入りの際に使われた脇差を発見 [人物](2009.11.19)

  真田幸村の末裔 領地があった宮城県蔵王町で仙台真田氏をテーマに講演会 [Topics](2009.11.1)

  仙台東照宮 [史跡](2009.9.1)

  宮城県知事公館正門(旧仙台城寅ノ御門) [史跡](2009.8.28)

  旧名主から寄贈された史料の中から直江状の往来物を発見 [Topics](2009.8.9)

  最上義光 古文書の中から晩年の印判状を発見 [人物](2009.6.28)

  本居宣長 直筆書簡が京都で発見 [人物] (2009.6.24)

  磐城平城 風化しつつある歴史遺産に再び光を [史跡](2009.6.23)

  天草四郎は妻帯していた? 尾張徳川家の史料から新発見! [人物] (2009.6.11)

  七曲砲台 江戸湾警備駐留中に亡くなった会津藩士とその家族を慰霊する [史実](2009.6.8)

  仙台藩木鉢番所 行方知れずであった古文書を発見 [Topics](2009.6.5)

  沈黙 遠藤周作の代表作をM.スコセッシが映画化 [史実] (2009.5.19)

  宮本武蔵 剣豪の命日を前に遺徳を偲ぶ [人物](2009.5.18)

  高知城 取得予定のマンション建設計画地を史跡指定に [史跡] (2009.5.17)

  堀次郎将俊 その功績を著した書を明石市に寄贈 [人物](2009.4.16)

  愛姫と待女おさ五 桜木が仙台で再会 [Topics](2009.4.11)

  富田勢源、佐々木小次郎の流れを汲む當田流 青森県立郷士館にて侍にまつわる品々の企画展 [人物](2009.4.6)

  大乗寺 円山応挙の障壁画をデジタル再生 [Topics](2009.4.1)

  伊能忠敬 大日本沿海輿地全図を復原したフロアパネル完成 [人物] (2009.3.28)

  福岡県相島  朝鮮通信使との友好を後世に [Topics] (2009.3.19)

  雲林院弥四郎光成  宮本武蔵と最後に立合った武芸者の真実は [人物](2009.3.13)

  東本願寺 「雪中松鹿図」円山応挙の作品だった [Topics](2009.3.12)

  茨城桜川 吉野の桜を再び [Topics] (2009.3.7)

  高知城跡のマンション建設計画地を県教委が取得 [Topics](2009.2.25)

  月ノ浦より出ずる 支倉六右衛門常長 [人物](2008.9.23)

  真田幸村の墓 [史跡] (2008.9.2)

  城を巡る旅(姫路城) [史跡](2008.7.29)

  原田甲斐宗輔 [人物](2008.7.22)

 幕末

  高杉東行終焉之地 [人物] (2017.4.14):http://yubarimelon.blog.so-net.ne.jp/2017-04-14 

  中沢琴女 新徴組隊士として庄内戦争を戦った男装の女性剣士 [人物](2017.1.7):http://yubarimelon.blog.so-net.ne.jp/2017-01-07 

  鳥取藩付属山国隊 檄文に応じ出陣し戦後上下身分を開放した義勇兵たち [史実] (2016.10.31):http://yubarimelon.blog.so-net.ne.jp/2016-10-30

  新選組平士 佐野七五三之助 二張の弓は引かず、死の真相は自刃か暗殺か [人物] (2016.2.21):http://yubarimelon.blog.so-net.ne.jp/2016-02-21

  川原塚茂太郎重幸 龍馬が心の悩みを打ち明け、実家との橋渡しとなった義兄 [人物](2015.12.31): http://yubarimelon.blog.so-net.ne.jp/2015-12-31

  大田・絵堂の戦い 維新史から葬られた長州藩の佐幕派 [史実] (2015.4.29)

  野根山事件 土佐安芸郡二十三士処刑から150年の節目に企画展が開催される [史実] (2014.10.27)

  新選組一番隊組長 沖田総司 その終焉の地 [人物] (2013.11.17)

  仏生寺弥助 天賦の才を持ちながら同郷の師からは認められなかった不遇の剣士 [人物] (2013.9.14)

  松浦武四郎 今日最も注目されるべき偉人の企画展が開催 [人物] (2013.2.6)

  郡上藩凌霜隊 日和見主義の国許から見捨てられた会津戦争もう一つの悲劇 [史実] (2013.1.1)

  黒田の家臣 寺田屋事件後、薩摩から見捨てられた志士達の150年法要 [史実](2012.5.21)

  野崎主計正盛 江戸無血開城の一因と伝わる歌は自害した十津川郷士の辞世歌だった [人物](2012.2.14)

  長沢鼎 13歳で国禁を犯し密航した薩摩スチューデントの日記が発見される [人物](2012.1.22)

  加藤有隣 幕末の動乱に身を投じる切欠となった高杉晋作との出会い [人物](2011.11.29)

  新選組平同士 松本喜次郎 「誠」の旗の下に集いし男達の誇りを胸に、死へ赴いた隊士に捧ぐ [人物](2011.10.17)

    楢崎頼三 白虎隊士飯沼貞吉を養育した長州藩士に新証言 [topics] (2011.9.20)

    奥羽越列藩同盟 仙台藩上層部失策の犠牲でもあった使節を慰霊する [史実] (2011.7.10)

    新島八重子 スペンサー銃で会津戦争を戦い抜いた女性の生涯が大河ドラマに [topics](2011.6.15)

  ハーマン号事件 戊辰戦争の最中遭難した熊本藩兵乗船のアメリカ気船を引揚げる計画を発表 [史実](2011.2.17)

  亀山本徳寺 西本願寺より移築された新選組屯所が本堂として現存 [史跡] (2010.10.30)

    近藤長次郎 子孫が長崎に顕彰碑建立を計画 [人物](2010.8.22)

  千葉さな 龍馬七回忌後に婚姻していた史料を発見 [Topics](2010.7.6)

    南会津の戦い 若松城陥落後の会津戦争を描いた屏風が富山で発見される [史実](2010.5.31)

  野村望東尼 勤皇の志士達をかくまった歌人の遺徳を偲ぶ [人物] (2010.5.14)

  千葉佐那子 美しき女性であったと宇和島伊達家の記録に記述 [人物](2010.3.23)

  容保桜 京都守護職上屋敷跡の桜木に命名 [Topics] (2010.3.7)

  古東領左衛門 天誅組に参加した淡路豪農の書を子孫が寄贈 [人物](2010.2.22)

  坂本龍馬 人生の進路を見出した江戸での出会い [人物] (2010.2.1)

  桜田門外の変 井伊大老を襲撃した浪士が所持していた拳銃を古武器研究家が公開 [Topics](2010.1.17)

  新選組二番隊組長 永倉新八 会津藩士の子孫が著書「新撰組顛末記」の通説を訂正 [人物](2009.11.30)

  大浦慶 親族に伝わる坂本龍馬古写真がオリジナルの可能性大 [人物](2009.11.6)

  橋本左内 150年慰霊祭に井伊大老の子孫が墓参 [人物](2009.10.11)

  操坦晋 流罪中の西郷吉之助が書の手習いとし学んだと郷土史家が考察 [人物](2009.9.12)

  最古級の剣道具を発見 幕末の風雲急に庶民も自衛を意識 [Topics](2009.9.5)

  上杉茂憲 米沢藩最後の藩主の甲冑を大阪高槻市で発見 [人物](2009.7.10)

  池田屋事件 跡地に開店する居酒屋の内部を公開、大階段も [人物](2009.7.7)

  日向内記 白虎隊士達と別行動を取った士中二番隊隊長を再評価する書籍が福島民報出版文化賞正賞を受賞 [人物](2009.7.5)

  吉田松陰と金子重輔 松蔭没後150年を偲び萩市市民団が姉妹都市下田市で植樹 [人物] (2009.6.22)

  彦根藩 150年のわだかまりを払拭すべく吉田松陰の墓参り [史実](2009.6.10)

  会津藩 戊辰のわだかまりは氷解するのか?鹿児島民俗学会との合同発表会 [史実](2009.6.7)

  長州砲 10ヶ月の里帰り展示を終え英国へ [史実](2009.6.2)

  河井継之助 最期の地只見町の松を植樹 [人物](2009.5.21)

  岡田以蔵 東京の縁者が墓地を訪問 [人物](2009.5.16)

  流星雨 激動の時代を生きた会津藩の女性を石川さゆりが新曲に [Topics] (2009.5.14)

  箱館戦争 新政府軍総攻撃の日に戦没者を慰霊 [史実](2009.5.13)

  芹沢鴨 茨城県行方市で記念の純米酒を発売 [人物](2009.5.4)

  飯沼貞吉 蘇生した白虎隊士の子孫が会津を墓参 [人物](2009.4.27)

  歴史の舞台に想いを馳せる 池田屋騒動址の屋号が復活 [史実](2009.4.25)

  吉田松陰 その素顔にせまる資料展 [人物](2009.4.20)

  北海道白老町 アイヌ叙事詩ユーカラを紹介する講座開設 [Topics](2009.4.14)

  坂本龍馬 京都文化博物館にて関連品の展示会 [人物](209.4.10)

  西宮神社 岩倉具視邸の一部を公開 [Topics](2009.4.5)

  土方歳三 その生涯を電子紙芝居で [Topics](2009.4.3)

  高知和霊神社 龍馬脱藩祭 [Topics] (2009.4.2)

  平野國臣 その功績を後世に [人物](2009.3.30)

  松陰神社宝物殿 愛称「至誠館」と決定 [Topics] (2009.2.27)

  適々斎塾 [史跡] (2009.1.20)

  新選組総長 山南敬助 [人物](2009.1.8)

  新選組副長 土方歳三 [人物] (2009.1.1)

  再読綱淵謙錠 [その他](2008.12.16)

  松平肥後守容保 [人物](2008.9.9)

  敬天愛人 [人物](2008.7.15)

 近代

  愛犬家西郷隆盛 隠れ温泉郷に飼犬13頭の像を建立 [人物] (2017.6.27):http://yubarimelon.blog.so-net.ne.jp/2017-06-27

  李方子 日本から朝鮮王朝最後の皇太子に嫁いだ妃銘の高麗茶碗 [人物] (2016.8.28):http://yubarimelon.blog.so-net.ne.jp/2016-08-28 

  乃木静子 人間乃木希典を支えた夫人の銅像が再建される[人物](2016.1.30) :http://yubarimelon.blog.so-net.ne.jp/2016-01-30

  川瀬巴水と仙台山の寺 [史跡] (2015.11.15)

  五代友厚 連続テレビ小説は朝の大河ドラマ、ヒロインの精神的支柱に脚光 [人物] (2015.9.28)

      川村吾蔵とマッカーサー元帥胸像 [人物](2015.8.31)

  渡辺長男と明治天皇御乗馬像 [人物](2015.5.17)

  白蓮事件 連続TV小説は朝の大河ドラマ もう一人の主人公燁子の嫁ぎ先旧伊藤伝右衛門邸の入館者が急増 [topics] (2014.6.2)

  長州藩振武隊 切り捨てられた志、維新功労者たちの末路 [史実]  (2014.4.11)

  龍馬の志を継ぐ 北海道へ渡った坂本家に伝わる直筆の手紙が公開 [人物] (2013.7.17)

  西郷菊次郎 最晩年に就任し行政手腕を発揮した永野金山 [人物] (2013.6.3)

  田辺軍次 西軍協力者殺害は主君の仇討ちか戊辰の狂気か [人物] (2013.5.15)

      小室達と伊達政宗卿騎馬像 [人物] (2013.3.25)

  瀧廉太郎 自作詩『古城』の志は『荒城の月』へと受け継がれたのか  [人物](2013.3.12)

  黒田清隆 西南戦争衝背軍11日間滞陣の真相を検証 [史実](2013.2.21)

  新海竹太郎と北白川宮能久親王騎馬像 [人物](2012.11.20)

      南州翁終焉の地 [史跡](2012.9.24)

  後藤貞行と金華山号 [人物](2012.9.13)

  郡長正 会津の誇りだけは汚すことが出来なかった青年藩士を慰霊する [史実](2012.5.5)

  田原坂 日本内戦史上最大の激戦地で想いを馳せる [古戦場](2011.12.27)

  伊達の黒箱 寛文事件の公文書が仙台市博物館企画展に展示 [topics](2011.8.25)

  最後の仇討ち 武士の忠義が美談から犯罪へ [史実](2010.12.25)

  おけいの子守唄 会津の開拓移民団入植跡地を米国自然保護団体が購入 [史実](2010.11.21)

  エルトゥールル号遭難事件 日本とトルコの友好の出発点となった沈没船より遺品を引揚げ [史実](2010.1.26)

  白瀬 矗 日本人初の南極探検から1世紀 あらためてその偉業を讃える [人物](2010.1.4)

  新選組伍長 近藤芳助 子孫に伝わる近藤、土方の写真の真実は [人物](2009.10.23)

  西郷隆盛 官軍医の日誌より辞世の漢詩が発見される [Topics](2009.9.19)

  隕星剣 3万年前の隕石により制作された刀剣を来年一般公開予定 [Topics](2009.8.5)

  子規幻の自筆選句集見つかる 未発表の四句掲載で5日にオークションへ [Topics] (2009.7.3)

  山岡鉄舟 那須塩原の旅館でのエピソードを冊子に [人物](2009.7.2)

  明治の兄弟-山川家の人々 戊辰の遺恨と和解がテーマの演劇を会津若松の劇団が鹿児島で今秋上演 [史実](2009.6.29)

  安重根 刑執行直前に書かれた書など30点を韓国に貸し出し [人物](2009.6.16)

  田原坂・吉次峠 西南戦争の古戦場を国史跡へ  [古戦場](2009.6.6)

  習志野捕虜収容所 105年目にして初の日露合同慰霊祭  [史実] (2009.6.4)

  野口英世 命日に際してその偉業をたたえる [人物](2009.5.22)

  西郷隆盛らの自筆書簡が大量に発見 [Topics](2009.3.8)

  芥川龍之介ら著名作家の未公開の書簡公開 [Topics] (2009.2.26)

     レイテ島 [史実](2008.8.15)

 現代

    現在の日本男優に西郷隆盛を演じきれる人物はいるのか? [topics](2016.9.1):http://yubarimelon.blog.so-net.ne.jp/2016-09-01

  ミック・ジャガーは現代の西郷隆盛? [topics] (2013.4.1)

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  アンリ・デュナン 5月8日は世界赤十字デー  [Topics](2009.5.8)

  北京原人 洞窟遺跡を72年振りに再発掘 [Topics](2009.5.5)

  万里の長城 明代築造部を測量 [史跡](2009.4.19)

  クレオパトラの墓 有力候補地を3箇所に限定 [Topics](2009.4.17)

  シンドラーのリスト 実物が豪州図書館にて発見 [Topics](2009.4.7)

  ダビンチ唯一の彫像? 伊中部で発見 [Topics](2009.3.31)

  マルタ島 失われた騎士団のトンネル発見 [Topics](2009.3.29)

* 同じ年代の中の順序はblog公開日順としています。また、区分に関しては私個人の考えに基づいて行っています。


再読綱淵謙錠 [その他]

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過去記事「松平肥後守容保」の中には参考文献としては載せなかったのですが、記事を書くにあたって私が最初に手元に置いたのは綱淵謙錠著「戊辰落日」でした。

時系列の史実を参考にするという為ではなく、慶長4年8月23日(10月8日)に新政府軍が若松城を急襲した時の混乱した城下の空気のようなモノを感じたかったからです。

綱淵謙錠氏の遺した作品にはそうした歴史上の事件を装飾なしに事実のまま再現しているのが特徴であると思います。

私はそれまでは物語としての歴史小説や時代小説をもっぱらとしていました。しかし、いつの頃からか史実を記したり、評価した歴史書の方を好んで読むようになりました。

おそらく、そういった書を読むようになったきっかけというのが綱淵謙錠氏の「斬」であったと思います。

「斬」は小説ではありますが、それまで私が読んできた小説とは一線を画した重厚な作品でした。簡単に言えばドキュメントタッチとでも云いましょうか、創作性の入りやすい登場人物達の心理描写を尽く省略し、豊富な資料をほぼ原文に近いまま使用するスタイルで、史実の上に主人公がどのように生きたのかを淡々と書き綴っていくタイプの作品です。丁度、歴史小説と歴史書の中間に位置するものと評価されているとおり、私自身もそう感じます。

全編を貫く緊張感が読後には疲れを感じさせるかもしれません。しかし、それが良い意味で真実の歴史に触れる事が出来たような感想を持つ事が出来ました。

実際、原文に近い資料の箇所などは最初は非常に読みづらくて中々進まなかったのです。むしろ苦痛でさえありました。物語は150年近い時間を遡った幕末から明治に罪人の斬首という刑罰も消え去ろうとする頃、代々それを生業にしてきた山田浅衛門の時代に翻弄される姿を淡々と描いた作品です。

私は読み進めながら、綱淵氏のペンを通して首切りの刑という現場に放り出されたような錯覚を起こしました。斬首の瞬間の刀の閃き、肉の切れる音、そして流れる血の色があまりに生々しかった記憶があります。あくまで文字を通してのイメージにすぎないのですが、ショックであった事は間違いありません。

読み慣れない古文書も氏の作品群を読み進めていくうちに、いつしか苦痛ではなくなりそれまで読んできた歴史小説と同様にどんどん引き込まれていきました。それよりも歴史小説や時代小説が何だか物足りなくなり、中公や岩波の歴史新書や新人物往来社の書籍の方を好んで読むようになったのも氏の作品のおかげかもしれません。

まさにその切欠になったのが綱淵謙錠氏の作品だったというわけです。

「戊辰落日」の新政府軍が若松城下を急襲したその日の朝、会津藩家老西郷頼母の母と妻子ら女性達は初めから城内への入場は考えてもいませんでした。いつもと同じような日常の中で静かに死についていく、その描写に私は背筋に寒気を感じずにはいられません。氏の筆写にはなんの大げさな修飾はありません。むしろ、それが逆に生々しく自身が頼母邸の現場にいるような錯覚を読む度に覚えるのです。

私が記事を書くにあたって、その現場の空気のようなものをあらためて思い起こしてこそ、はじめて書けるのではないかと思い、書を読み直して見た次第なんです。

綱淵氏の新作を読む事はもう出来ませんが、私の手元にあるほぼ全ての作品を今後何度も読み返していくと思います。

 

 

 

 

 


私的考察「野木宮合戦は寿永二年か?」 [史実]

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前回のblogで棚上げしておいた桐生郷土史家の大瀬祐太氏著「桐生六郎の周辺 ~『吾妻鏡』における或る逆臣の正当性について~」の読後における「桐生六郎は不忠の臣か?」の見解を書きたいと思います。

この著作はタイトルを含む全12の項目によって構成されています。六郎の主君である足利俊綱、源姓足利義清、新田義重ら平安時代末期の上野下野の武士団についてです。

勿論一番ページを割いているのは本書タイトルになっているテーマに関してなんですが、その中でもポイントが置かれているのは以下の一点に絞られます。それは現在、史学界の定説となった昭和37年(1962)に石井進氏が発表した「志太義広の蜂起は果たして養和元年の事実か」という論文に見出される疑問点と矛盾点を遺されてる資料を基に一つ一つ検証している処です。

志太義広は常陸国(茨城県稲敷市)を本拠にした武将で、実は源頼朝の叔父にあたります。治承4年(1180)に頼朝が平家打倒の旗揚げをするも、甥を見下して配下には入りませんでした。逆に同じ北関東の平家方である足利忠綱と連合して反頼朝の決起をします。鎌倉を目指して進軍する途中の下野国野木宮で味方に率いれていた小山朝政が叛旗(実は最初から頼朝側であった。)を翻した為、義広は鎌倉軍に敗れてしまいました。

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『合戦の舞台となった野木神社。』

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『境内にある樹齢1200年を越える大イチョウ。合戦を目の当りにした歴史の生き証人。』

これが野木宮合戦の概要なのですが、この戦の後関東からは頼朝に対抗する勢力が一掃された事で西の平家に対して戦力を集中する事が出来るようになったのです。

さて、吾妻鏡には志太義広の蜂起と野木宮合戦は治承5年(1181)の記述の中で以下のように記されています。

2月28日乙巳: 志太三郎先生義廣、濫悪に常陸の国鹿島社領を掠領するの由、これを聞こし食すに依って、一向御物忌の沙汰たるべきの由仰せ下さる。散位久経これを奉行すと。(以下略)

閏2月23日己巳:義廣三万余騎の軍士を卒い鎌倉方に赴く。先ず足利の又太郎忠綱に相語る。忠綱本より源家に背くの間、約諾を成す。また小山と足利と、一流の好有りと雖も、一国の両虎たるに依って、権威を争うの処、去年夏の比、平相国一族を誅戮すべきの旨、高倉  宮令旨を諸国に下されをはんぬ。小山則ち承引す。忠綱に語るに、その列に非ず、太だ鬱憤を含み平氏に加う。(中略)これより先朝政本宅を出て、野木宮に引き籠もらしむ。義廣彼の宮の前に到るの時、朝政計議を廻して、人をして登々呂木澤・地獄谷等の林の梢に昇らしめ、時の声を造らせむ。(以下略)

石井氏は前述の論文の中でこれを表記間違いと指摘し、義広の蜂起及びそれに続く野木宮合戦は養和元年ではなく実際はその2年後の寿永2年(1183)であったとする説を発表。これが現在史学界をはじめ、栃木県及び群馬県の正史としても定着しています。(注1)

その理由として吾妻鏡の建久3年(1192)9月12日の記述を読むと

9月12日辛巳:小山の左衛門の尉朝政、先年の勲功に募り恩沢を給う。常陸の国村田下庄なり。而るに今日政所の御下文を賜る。その状に云く、将軍家政所下す 常陸の国村田下庄(下妻宮等)の地頭職に補任する事

左衛門の尉藤原の朝政
   右去る壽永二年、三郎先生義廣謀叛を発し闘乱を企つ。爰に朝政偏に朝威を仰ぎ、
   独り相禦がんと欲す。即ち官軍を待ち具して、同年二月二十三日、下野の国野木宮
   の辺に於いて合戦するの刻、抽んで以て軍功を致しをはんぬ。仍って彼の時地頭職
   に補任する所なり。庄官宜しく承知すべし。遺失すべからず状、仰せの所件の如し。
   以て下す。
     建久三年九月十二日      案主藤井
     令民部の少丞藤原       知家事中原
     別当前の因幡の守中原朝臣
       下総の守源朝臣

更に元久2年(1205)8月7日の記述の中には『随って去る寿永二年、志田三郎先生が蜂起を対治するの間、都鄙動感す。』と書かれています。

又、これを補完する証拠として松平甚則氏所蔵文書の小山朝政宛の下文を2枚紹介しています。(注2)(注3)(注4)

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『領有地の地頭職を任ずる旨が書かれた建久3年9月12日付け小山朝政宛の下文。吾妻鏡建久3年9月12日に記述されている文書とほぼ同一内容の政所下文。』

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『同日日付の袖判下文。有力御家人の中には政所が発行する下文だけでは後代の証拠にならないとして、頼朝自身の花押入り(右下)下文も別に要求していたという。幕府開府初期の将軍と御家人の微妙な関係を示す貴重な史料でもあります。』

私は石井氏の発表した論文は読んでいませんが、氏の著書である「日本の歴史 7巻 鎌倉幕府」(中公文庫)の中でその主張の一部を知る事が出来ました。

ここまで証拠固めをして、野木宮合戦寿永2年論を発表した石井氏ですが「以上の推論を確定するに足るさらに有力・的確な史料の存在を知らない。」と100%確信があるというより、あくまで推論にとどめているといった言い回しをしています。

もっとも私のような素人がこれ程の証拠を突きつけられれば、正直完全に納得せざるを得ないわけなんですけど。しかし、ここで問題になってくるのが主君足利俊綱を斬り、その首を鎌倉に持参しながらも頼朝に処刑された桐生六郎の事です。

前回のblogと重複してしまうので吾妻鏡の記述は省略しますが、野木宮合戦も治承5年の記述であり六郎が俊綱を斬り、鎌倉で処刑されたのも同じく治承5年の記述なのであります。

石井氏は志田義広と足利俊綱及び桐生六郎の記述に関しては別問題として捉えていたようです。(注5)つまり、俊綱に関する記述に関しては寿永2年には言及していない。即ち、吾妻鏡の記事の通り治承5年に起きた事としています。

ですが、大瀬氏は著書の中で石井氏の説は成る程尤もの事ではあるが、義広と俊綱を別問題として捉える事には疑問点があるとし、その後に続く桐生六郎の顛末に関しては辻褄が合わないと書いています。

それは以下の記述から明らかになります。吾妻鏡には前述の野木宮合戦の記事の閏2月23日己巳のすぐ後に

閏2月25辛未:足利の又太郎忠綱、義廣に同意せしむと雖も、野木宮の合戦敗北するの後、先非を悔い後勘を恥じ、潛かに上野の国山上郷龍奥に籠もる。郎従桐生の六郎ばかりを招き、数日蟄居す。遂に桐生の諫めに随い、山陰道を経て西海方に赴くと。(以下略)

これは私が前回のblogで書いた野木宮合戦で敗北した俊綱の嫡男忠綱を六郎が説得して九州に落ち延びさせた記述です。この2月25日の記事も2年後の1183年の事とするなら、1181年9月18日に処刑されたとある六郎の存在に矛盾が生じてしまうと大瀬氏は指摘しているわけです。

では、吾妻鏡の治承5年の六郎の処刑までの記事内容もそっくり2年後の寿永2年の記述間違いであったとするならどうでしょう。ここで大瀬氏は養和元年(1181)9月18日(前回blog参照)の記述を取り上げ、その中で書かれている下文に注目して、

下す 和田の次郎義茂が所俊綱の子息郎従たりと雖も、御方に参向する輩を罰すべからざる事 右子息兄弟と云い、郎従眷属と云い、桐生の者を始めとして、御方に落ち参るに於いては、殺害に及ぶべからず。また件の党類等が妻子眷属並びに私宅等、損亡を取るべからざるの旨、仰せらるる所下知件の如し。                        治承五年九月十八日

これは実在したはずの公文書を写して吾妻鏡に掲載したわけだから、記述間違いである可能性は極めて低いとしています。(注6)北条氏が編纂したとはいえ、一応鎌倉幕府の正史である吾妻鏡の中にはこうした下文をそっくり記載している箇所が実に多いからです。

定説となった石井氏の論拠と、それに対して疑問を投げかけた大瀬氏の論拠を簡単ではありますが書いて見ました。残念ながら大瀬氏も著書の中では疑問点、矛盾点を呈しただけで、それを完全に覆せる史実を見出す事は出来ていません。当然といえば当然なのですが、現時点では新史料の発見もないわけですし、あくまで推量という形を取らざるを得ないわけです。

しかし、桐生六郎は不忠の臣なのか?という疑問を持った私にしてみれば、大瀬氏の著書は本当に勉強になりました。実際、この書を読むまで吾妻鏡志田義弘の蜂起と野木宮合戦の記述が2年後の誤りであり、それが定説になっている事さえ知らなかったんですから。

上述のblogに書かれた論拠は全てではありませんが、素人そのものの私にしてみれば十分です。ここからは恥も憚らずに大瀬氏も試みなかった大胆な推理を私は展開してみたいと思います。

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