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岩宿遺跡 旧石器発見60周年を記念する資料展・講演会 [史跡]

群馬県みどり市岩宿遺跡で旧石器時代の石器が発掘されてから60周年を迎えたのを記念して、みどり市笠懸町阿左美の岩宿博物館(三輪延也館長)は5月1日から、資料展示や講演会、企画展などを連続開催する。1949年に民間の研究者、相沢忠洋氏が発見した黒曜石製の石器も展示され、考古学ファンの人気を集めそうだ。(2009.4.30毎日jp)

昭和24年(1949)以前の国内の考古学界では、日本における人類の歴史が縄文式土器を使用する新石器時代(約9000年前)から始まったとする説で定着していました。しかし、この年考古学に情熱を傾ける相沢忠洋氏(当時24才)により、それまで人が生活する事が出来ないと考えられていた火山灰が堆積して出来た関東ローム層(赤土)から黒曜石で作られた槍状の石器が発見されました。この大発見により歴史は塗り替えられ、旧石器時代(約20000年前)にも人が存在していた事が証明されたのです。

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松本城 輝く床の秘密は地元小学生達の奉仕にあり [史跡]

国宝松本城を守り伝えようと、松本市中央地区子ども会と一般公募で集まった小学生ら約100人がこのほど、城天守閣の床や柱を磨いた。(2009.4.29信濃毎日新聞)

松本城を見学された方でしたらご存知だと思いますが、城内の古木の床はそれはピカピカに輝いています。下手な歩き方をすれば転ぶくらいの磨き方です。地元の子供達が毎月丹精に床磨きをしていたおかげだということを私も初めて知りました。

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タグ:松本城

歴史を直視し、教訓に 日本公開未定の南京大虐殺を描く映画  [史実]

2009年4月27日、「ドイツのアカデミー賞」と称されるドイツ映画賞(ローラ賞)の授賞式が25日に開催され、7部門にノミネートされていた映画「ジョン・ラーベ」が作品賞など4部門を制覇したと報じられた。作品賞のほかに主演男優賞、美術賞、衣装デザイン賞を受賞した。(2009.4.28YahooJapanニュース)

南京大虐殺を描いた2本の中仏独合作「ジョン・ラ-ベ」と中国「南京!南京!」。どちらも日本公開は不可能であるという。映画というのは商業作品として公開されるものですから、これを配給する会社が儲けにならないという理由で公開しないのは仕方ないかもしれません。ですが、私達日本人は史実である南京事件に対しても目をそむけなければならない必要があるのでしょうか?

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タグ:南京事件

飯沼貞吉 蘇生した白虎隊士の子孫が会津を墓参 [人物]

 戊辰戦争で自刃した白虎隊でただ1人生き残った飯沼貞吉の孫飯沼一元さん(66)=東京都在住=は26日、福島県会津若松市大窪山の飯沼家墓所を初めて訪れた。貞吉の父母らの墓があることを知って足を運び、古里で眠る祖先の霊を慰めた。(2009.4.27福島民報)

 慶応4年8月23日(1868.10.8)会津戦争において飯盛山で自害した白虎士中二番隊19名のお墓から少し離れた場所に、後に蘇生し昭和6年まで仙台で生存した飯沼貞吉のお墓があります。ここに彼の墓が建立されたのは死後26年も経った昭和32年会津若松市が開催した「戊辰戦争後九十年祭」に際してのことでした。

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歴史の舞台に想いを馳せる 池田屋騒動址の屋号が復活 [史実]

幕末の大事件「池田屋騒動」の舞台となった京都市中京区の「池田屋」跡で、約130年ぶりに「池田屋」が復活する。7月に新たに開店する居酒屋の店名に「池田屋」が冠されるためで、地元の商店主なども「町おこしの起爆剤に」と期待を寄せている。 (2009.4.24京都新聞)

 京都三条小橋西の旅宿「池田屋」に近藤勇をはじめ新選組隊士10名が突入したのは、元治元年6月5日(1864.7.5)夜10時頃でした。20数名いた浪士のうち、宮部鼎蔵ら9名を討取り4名を捕縛。尊攘過激派による御所焼討ちを未然に防いだとして、新選組の名を天下に響かせることとなりました。

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大太刀「太郎太刀」を再現 真柄直隆・隆基親子を後世に [人物]

越前市の味真野観光協会は、地元出身の戦国時代の武士の大太刀を再現し、全長約250センチの模擬太刀を作った。協会創立30周年を記念し、来月の大型連休中のイベントでお披露目する。(2009.4.24中日新聞)

真柄十郎左衛門直隆は大力無双の戦国武者として必ず名前の挙がる人物です。一説にその身長は6尺4寸8分(196cm)で体重67貫300匁(252.4kg)。この体格に刃長5尺3寸(160cm)の太郎太刀を片手に軽々と風車のように振り回して戦場を暴れまわったという。

元亀元年(1570)の姉川合戦で徳川方の匂坂式部、弟五郎次郎と六郎五郎の匂坂三兄弟とその郎党達が四方から組み付き、ようやく倒したらしい。らしいと書くのは豪傑もやはり人間なんです。直隆もかなりの手傷を負い疲れていたようだったからです。子の隆基も4尺7寸の「次郎太刀」を愛用する豪の者でしたが、父の死を知り気落ちしたのか、同じく徳川の武将青木所右衛門一重に討ち取られてしまいました。

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非業の死を遂げた鶴姫 420回忌供養 [人物]

 16世紀、豊前国の一部を治めた豪族・宇都宮鎮房(しげふさ)の娘、鶴姫の供養祭が命日の22日、吉富町小犬丸の宇賀貴船神社で営まれた。町指定文化財の供養塔(高さ約2.5メートル)の移設記念で、末孫や町民ら約50人が、非業の死を遂げた姫に思いをはせた。 (2009.4.23YomiuriOnline)

 建久六年(1195)、下野国宇都宮信房が地頭職を得て入部したのが豊前宇都宮氏の始まりである。天正十四年(1586)に秀吉は九州征伐に従軍するよう板井郷城主板井(宇都宮)鎮房に命じました。しかし、九州征伐終了後に板井氏の領土は安堵されず、伊予国今治へ転封するよう命が下り、豊前には代わりに黒田官兵衛孝高が入部することに。これを不服とした鎮房は黒田氏と対決姿勢をとり、板井郷城に攻め込み奪還します。

 板井郷城は狭い渓谷の最奥に位置する天然の要害であったため、秀吉の援軍2万を借りても黒田氏は攻めきれません。そこで、旧領は安堵し、鎮房の娘鶴姫を嫡子長政に嫁がせるとする条件の和睦を提案し、これを鎮房は了承。天正十七年中津城にて、黒田親子と鎮房は対面することになりますが、秀吉は自分の仕置きに反抗の姿勢を取った九州の国人衆を許さず、鎮房を謀殺するように命じました。鎮房は酒宴の最中に後藤又兵衛の槍によって落命。鶴姫も待女ら13名と共に磔にされてしまいました。

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「直江状」公開 長浜歴史博物館にて戦国武将文書展 [topics]

長浜出身の石田三成の盟友、直江兼続ら関ケ原の合戦(1600年)にかかわりのある戦国武将の書状5点を集めた文書展が22日、長浜市の長浜城歴史博物館で始まる。(2009.4.21中日新聞)

秀吉や家康の外交官の役目を担った伏見の僧西笑承兌(さいしょうじょうたい)に、慶長5年(1600)直江兼続が送った手紙が世にいう「直江状」であります。原本が存在していなかったこともあり、1980年代に数名の歴史学者が後世に改ざんされたものであるという説を打ち出し、現在も論争が続いている。

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万里の長城 明代築造部を測量 [史跡]

中国国家文物局は19日までに、世界文化遺産の「万里の長城」が遼寧省虎山から甘粛省嘉峪関まで全長8851.8キロに上るとの測量結果を発表した。このうち、れんがなどで造った人工の壁は6259.6キロ、塹壕(ざんごう)が359.7キロで、残りは険しい地形が利用されていた。(2009.4.19時事ドットコム)

これまで万里の長城が全長6352kmであるとされてきたのは、レンガ等で造られた人工の部分だけの長さだったということです。実際は天然の崖や塹壕も長城として利用されてきたわけで、それらを含めると2500kmも長いことが判明したわけです。

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タグ:万里の長城

国宝「彦根屏風」 期間限定の実物公開へ [topics]

江戸時代初期に描かれ、彦根藩主井伊家に伝わってきた国宝「彦根屏風(びょうぶ)」の展示が17日、滋賀県彦根市金亀町の彦根城博物館で始まった。 (2009.4.18京都新聞)

正式名称「紙本金地着色風俗図」。代々の彦根藩主が所持してきたことから、通称「彦根屏風」と呼ばれている。本々六曲一隻の屏風であったが、100年以上6枚に分割され保存されてきた。2007年に修復が終了し本来の画質と屏風装に甦った。

普段は複製画の常設展示ですが、1年間にG.Wを含む60日だけ実物の公開を行う。

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クレオパトラの墓 有力候補地を3箇所に限定 [topics]

エジプト考古最高評議会は15日、古代エジプト・プトレマイオス朝の最後の女王クレオパトラとローマの軍人マルクス・アントニウスのカップルの埋葬場所の発見に一歩近づいたと発表した。 (2009.4.16時事ドットコム)

このクレオパトラの墓発掘調査に関しては3年くらい前から報道されてきました。TVの特番なども組まれてましたが、それらしい発掘品が出てくるものの今一つ決めてに欠ける内容だったと記憶しています。今回の報道も金箔に包まれた2体のミイラが発見された事で墓のポイントを推測しているようですが、結果に期待したいところです。

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堀次郎将俊 その功績を著した書を明石市に寄贈 [人物]

寛文年間(1661-1673)に明石縮の技術を越後(新潟県)に伝えたとされる明石藩士の堀次郎将俊を紹介した書物「縮布とおけさぶし」(A5判155ページ)が、筆者の阿部英作さん(昨年12月、95歳で死亡・写真)の遺族から明石市教委に寄贈された。市教委は23日から希望者に無料配布する。(2009.4.15毎日jp)

新潟県小千谷は全国でも有数の豪雪地帯。戦後、この地方の農家では男達は冬期に出稼ぎに出かけ、女達は家庭で織布を織る内職で糊口をしのいだ。農家の冬の間の重要な副業であった小千谷織布を創始したのが、明石藩浪人堀次郎将俊であります。

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北海道白老町 アイヌ叙事詩ユーカラを紹介する講座開設 [topics]

 道央白老町出身でアイヌ民族三大歌人の一人、森竹竹市(1902-1976)のユーカラ「アイヌ聖伝」を紹介する講座が11日、白老町の商業施設「ミンタラ」の体験広場で開かれた。 (2009.4.13北海道新聞)

 アイヌ民族は文字を持たなかったため、神話や英雄の伝説をユーカラという詩を口伝で後世に伝えてきた。昭和51年に他界された森竹竹市氏はアイヌ文化の衰退が進む中、自ら母語に回帰し民族の復権と文化の伝承に生涯を捧げた方です。

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長岡「論語素読の会」 第8回全国藩校サミットに向け特訓中 [topics]

6月に新潟県長岡市で開かれる「第8回全国藩校サミット」に向けて、同市の小中学生が論語の素読を披露しようと練習に励んでいる。11日には同市の市立劇場で“藩士師弟”に当たる人が、本番さならのステージに臨んだ。(2009.4.13新潟日報 )

「第8回全国藩校サミット」in 長岡は平成21年6月20日(土)午後1時から長岡市立劇場にて開催されます。その内容は参加藩校の藩主紹介、地元関係者による講話、更には徳川宗家当主石川忠久氏による基調講演も予定されています。興味のある方はこちらから。

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黒田官兵衛孝高 御着城址に顕彰碑建立 [人物]

播磨出身の戦国武将黒田官兵衛を顕彰する石碑が、兵庫県姫路市御国野町の御着城跡公園に完成し、十日、除幕式があった。御着城は官兵衛の祖父や父が城主小寺氏に仕えたゆかりの地で、関係者約五十人が祝福した。(2009.4.11神戸新聞)

江戸時代に池田輝政が姫路城を現在のような天守閣として築城するまでは、御着城が本城で姫路城が支城だったようです。かなり大規模な城郭だったことが発掘調査などから立証されています。御着城の近くには官兵衛孝高の祖父重隆の廟所があり、現在も子孫の方々が集まり供養を行っているということです。

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