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邪馬台国論争に終止符は打たれるのか? 箸墓古墳墳墓の早期発掘調査を望む [史跡]

邪馬台国畿内説に新たな動きを作り出す切欠となったのが、国立奈良文化研究所光谷拓実氏の年輪年代測定法の研究の成果であったことは前回書いたとおりです。そして、弥生時代の年代修正(正確にいうと弥生時代中期の後半)という考古学会にとっては極めて重大な事件により、邪馬台国論争は思わぬ展開を見せることとなりました。

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箸墓古墳 卑弥呼の死亡時期と築造期が重なる事が判明 [史跡]

国立歴史民俗博物館の研究チームが奈良県桜井市纏向遺跡内にある箸墓古墳の周辺から発掘された土器を「放射性炭素年代測定法」で分析した結果、「魏志倭人伝」に記されている邪馬台国の女王卑弥呼の死亡時期と一致すると発表した。(2009.5.29MSNニュース)

箸墓古墳は平成8年12月に奈良県桜井市教育員会が築造を3世紀初頭と発表するまでは、3世紀後半から4世紀初頭に造られたとする説が一般であった。「魏志倭人伝」の記述から卑弥呼が死亡したのを248年頃(正始年間)であると予測しても、50~100年のズレがあったことになる。しかし、この発表により邪馬台国畿内説は箸墓古墳を卑弥呼の墳墓であるとし、有力な根拠の一つとしたわけです。

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豊臣秀吉 現在も不明のままであるその死因に新説を発表 [人物]

 慶長3年8月18日(1598.9.18)に62歳で死亡した豊臣秀吉の死因を、兵庫県姫路市の脳神経外科医で作家の若林利光氏が脚気が原因であったとする新説を近く発表する。晩年の秀吉を書いたイエズス会宣教師の手紙から症状を調べて判断したという。秀吉の死因については現在も不明とされている。(2009.5.29神戸新聞)

 秀吉が没した日、海を越えた朝鮮半島では慶長の役に出征した14万の日本軍が東岸の蔚山、南岸の順天と梁山に城を築き、明と朝鮮の連合軍を迎え撃とうとしていた。同年9月より連合軍は加藤清正が主将の蔚山、小西行長が守る順天、そして島津義弘の泗川(順天の東)へ攻勢に出たが堅固な城を攻めきれずに敗退。特に泗川の戦いでは守る島津軍7千が、圧倒的な寄せ手(諸説あるが3万7千~20万)であるにもかかわらず、これを撃破した伝説的な戦いとして歴史に記録されている。

 しかし、10月に秀吉の死を伏せたまま全軍撤退の命が出され、出征大名達は連合軍の海上封鎖を突破し帰国の途についた。

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長谷川等伯 「花鳥図屏風」重要文化財級の発見 [topics]

これまで長谷川等伯一派の作品と思われていた、滋賀県大津市県立琵琶湖文化館の「花鳥図屏風」が等伯本人の真筆であると確認された。 (2009.5.26YahooJapanニュース)

記事中の画像を見ると、長谷川等伯には珍しい金色の背景に力強く松の木が描かれているようです。一見すると等伯にとって最大の敵である狩野派の画にも見えてしまう屏風ですが、天下に等伯の名が轟かない初期の作品であるならなるほどとも思えます。

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タグ:長谷川等伯

関ヶ原 慶長5年(1600)当時の集落調査を開始  [古戦場]

岐阜県関ヶ原町の古戦場の当時の集落や田畑、人口構成などの調査事業を地元の自治体が開始する。国内に古戦場は数あるが、集落調査を行うのは極めて珍しいという。(2009.5.25中日新聞)

関ヶ原の合戦の東西両軍布陣図を見ると、戦場となった場所は北国街道、中山道、伊勢街道が交差する要衝であったことが判ります。街道が交わる場所=人の往来が多い、すなわち宿場町が発展すると考えがちであります。確かにここには中山道の関ヶ原宿という宿場が置かれていましたが、それはこの天下分け目の戦いが終わった後、徳川幕府が全国の街道を整備し、宿場を設定してからのことです。

しかし、記事中にあるように合戦の行われた当時、宿場をはじめ若干の人家が存在していて2000人くらいの人口があったとしています。その頃の規模で2000人の集落というのは決して小さくはなかったはずです。となれば、両軍合わせて約17万人が集結した戦場の地元民の被害が甚大でなかったはずがないことも想像出来ます。

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孔子 チョウ・ユンファが主役抜擢の理由を語る [人物]

中華人民共和国建国60周年を記念する映画「孔子」で主役を演ずるチョウ・ユンファがメディア向け現場取材でインタビューに応じた。(2009.5.23中国ニュース通信社)

記事中の画像には南子役のジョウ・シュンも一緒に写っています。この時の撮影が紀元前493年孔子と弟子達が伝道の旅の途中で衛の南子から会見の要請を受け、会いに行く時のエピソードであることが判ります。美女の招きに応じてしまい、弟子である子路に咎められた孔子は「夫子矢之曰予所否者天厭之天厭之」と言い訳します。チョウ・ユンファ風に意訳すれば「お前は天が私を咎めているとは思わないだろう。ならば、私が間違った事をするわけないじゃないか。」

ユンファの孔子役、期待出来そうです。

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アジアにひろがる「篤姫」ブーム 台湾からの観光客が増大 [topics]

 鹿児島県鹿児島市や指宿市など、いわゆる篤姫ゆかりの地を巡る台湾からのツアー客が続々押し寄せている。台湾では22日に日本で昨年放映された大河ドラマ「篤姫」が最終回であったが、25日には再放送が決定しているという人気ぶりだ。(2009.5.23南日本新聞)

 日本でも「篤姫」が好評を持って放映されていた理由の一つが、それまでの大河ドラマのような時代劇ではなく、時代に翻弄されながらも力強く生きる一人の女性を描いた点にあったと思います。これは過去に韓国ドラマ「チャングム」が時代劇であるにもかかわらず、日本で好評を持って受入れられたのと似ていると思います。

 海外、特にアジア諸国に対しては、戦に勝利することで地位を築き上げてゆく従来の大河ドラマは中々受入れられなかったのではと推測出来ます。(もっとも、中国では山岡荘八の小説『徳川家康』が爆発的なベストセラーになっているので一概には云えないが。)

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野口英世 命日に際してその偉業をたたえる [人物]

5月21日が命日に当たる野口英世の遺徳を称えるため、野口英世博士顕彰会は地元の小中学生達が出席するなか、「第41回野口英世博士をたたえるつどい」をこの日福島県会津若松市で開催した。(2009.5.22福島民友ニュース)

私が幼少時に初めて偉人の伝記を読み聞かされ、その名を心に刻み付けた人物が野口英世だったと思います。当時も今も、子供向けには英世が医学博士になってからの功績以上に、幼少時の火傷が原因で左手が不自由になってしまい苦労したこと。手が使えるようになった手術を通して医学を志すために努力したことが今でも印象に残っています。

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タグ:野口英世

河井継之助 最期の地只見町の松を植樹 [人物]

新潟県長岡市にある河井継之助記念館に、最期の地となった会津藩領塩沢村(現福島県只見町)の松を2本植樹した。(2009.5.21福島民報)

河井継之助は慶応4年(1868)の北越戦争における長岡城奪還奇襲戦の最中に左足に流れ弾を受けて負傷。この傷がもとで破傷風を起こしてしまった。新政府軍に掌握された長岡をあとに会津に落ちるが、8月16日(1868.10.1)に死亡した。

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ミケランジェロ レバノンの修道院で発見された生前のキリスト像を確認 [topics]

バチカンのローマ法王庁のグレゴリアナ大学の西洋美術史ファイファー教授ら研究チームが1970年代にレバノンで発見された生前のキリスト像の作者がルネサンス期の芸術家ミケランジェロであると発表した。(2009.5.20産経ニュース)

ミケランジェロの代表的な彫刻といえば、ピエタといわれる死せるキリストを抱きかかえるマリア像が有名です。(ミケランジェロはピエタだけでも4体を製作している。)生前のキリスト像を製作していたことも初めて確認されたわけですが、経緯はともかく海外に作品が流出していたというのも驚きです。

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沈黙 遠藤周作の代表作をM.スコセッシが映画化 [史実]

 島原の乱(寛永14~15年)後の長崎を舞台にした、遠藤周作の小説「沈黙」を米の映画監督マーティン・スコセッシが映画化することが決定した。公開は2011年を予定している。(2009.5.16長崎新聞)

 「沈黙」は、以前blogに書いた支倉常長をモデルとした「侍」と同様にキリスト教を主題にした作品です。「侍」ではスパイス的な扱いでありましたが、本作は神父が主人公ゆえ最初から最後まで、このテーマと向き合うことになります。私も読後大いに感動したのですが、かなり時間が経ってしまっているので詳しい記述に関しては記憶が薄れてしまいました。映画公開前には、もう一度読み直したいと思っています。

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宮本武蔵 剣豪の命日を前に遺徳を偲ぶ [人物]

 宮本武蔵の命日である旧暦5月19日を前に、宮本武蔵顕彰祭が17日行われ、熊本市龍田町弓削の武蔵塚公園で「二天一流」を継承する少年剣士たちが演武を披露した。(2009.5.17熊本日日新聞)

 武蔵が死亡したのは正保ニ年五月十九日(1645.6.13 )、著書である「五輪書」の記述「歳つもりて六十」を単純に計算すれば、書き上げた寛永ニ十年(1643)に60歳であったなら生年月日は天正十二年(1584)頃であったのではないかと考えられている。宮本武蔵に関する信憑性のある史料というのは少なく、現代の私達が持っているイメージというのは死後作り上げられたものが多いということです。

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タグ:宮本武蔵

高知城 取得予定のマンション建設計画地を史跡指定に   [史跡]

高知県高知城址の北曲輪地区を、15日文化審議会で文部科学相に答申した史跡などの指定で追加されることが決まった。(2009.5.16毎日jp)

以前、blogに書いた高知県教育委員会がマンション建設計画地を買い取るために予算を計上した地区、これが国史跡に指定されました。

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タグ:高知城

岡田以蔵 東京の縁者が墓地を訪問 [人物]

幕末の剣客、岡田以蔵の東京の縁者に当たる方が16日、高知県高知市薊野にある以蔵の墓地を訪問した。(2009.5.16高知新聞)

記事の文章が短いために、この縁者の方がどのような血縁関係にあるのかわからなかったのですが、岡田以蔵の弟の家系が現在も続いているので、それに繋がる方なのでしょうか。

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タグ:岡田以蔵

新人物文庫 本日創刊! [topics]

歴史図書専門の出版社、新人物往来社が満を持して本日5月15日に新人物文庫を創刊する。最初3ヶ月は6点、以降毎月4点の刊行を予定し、年内に50点を目指している。本日発売分は「新撰組顛末記」、「織田信長に学ぶ」、「戦国武将の生き方死にざま」、「黒牛と妖怪」、「円周率を計算した男」で700~900円の価格となっている。(新人物往来社HP)

今日の朝刊に大きく広告が出ていたのを見た方も多いと思います。「歴史読本」をはじめ、史書や歴史小説を刊行し、歴史ファンを喜ばせてきましたが、如何せん書籍の価格が高めなのがネックでありました。BookOffでも専門書ゆえに中々お目当ての本が見つからず(逆に見つけたときの感動は古書探しにはたまらない瞬間であります。)、専門の古本屋さんかネットで購入というのが私の場合でした。

文庫が発売になることで購入しやすくなるのも嬉しいですし、これまで再販されずにいた書籍の文庫化にも期待したいところです。

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タグ:新人物文庫

箱館戦争 新政府軍総攻撃の日に戦没者を慰霊 [史実]

榎本武揚率いる旧幕府軍に対して、明治新政府軍が総攻撃を開始した明治2年5月11日(1869.6.20)に際し、両軍の戦没者を慰霊する供養祭が函館市五稜郭タワーで行われた。(2009.5.12北海道新聞)

かねてより箱館市中や旧幕軍内にスパイを放っていた新政府軍は、彼らの手引きにより5月11日夜明け前に箱館山を占領することに成功。山頂からの攻撃と海上からの軍艦の艦砲射撃の連携で、五稜郭と箱館が分断され、湾に造られた砲台弁天台場が孤立してしまった。これを救出に向かった土方歳三もこの日銃弾に倒れた。榎本武揚が降伏し、五稜郭を開城したのは、それから1週間後の5月18日でした。

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タグ:箱館戦争

前田慶次 京から米沢上杉家までの旅日記の復刻版 [人物]

上杉家が関が原の合戦で会津120万石から米沢30万石に減封された際、前田慶次が自邸のあった京から米沢までの道中を記録した「前田慶次道中日記」の復刻版が原本を所蔵する米沢市立図書館で再販される。(2009.5.12河北新報)

前田慶次郎といえば、屈強で恐れを知らぬ戦国武将というイメージを浮かべてしまいがちですが、それらは隆慶一郎の「一夢庵風流記」や漫画の影響からであります。慶次郎の資料は少なく、実年齢さえ定かでないほどなのです。それゆえに自筆でもあるこの旅日記はとても価値のあるものだと思います。発売するたびにすぐ売り切れてしまうそうなので、興味のある方はお早めに。

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「歴女」「戦国ブーム」 専門家はこう分析する [その他]

若い女性達の間で起きている「戦国ブーム」。滋賀県長浜市で「北近江戦国浪漫フェスティバル」を主催している長浜城歴史博物館学芸員の太田浩司氏はこう分析する。(2009.5.11中日新聞)

東京都神田小川町、いわゆる古本屋街にある「歴史時代書房 時代屋」という歴史をテーマにした専門店がすごい人気だということを、今更ながら知りました。お客さんの40%が女性だというのも驚きです。

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直峰城 「天地人」効果で観光客に静かなブーム [史跡]

大河ドラマ「天地人」の人気により、直江山城守兼続の父、樋口惣右衛門兼豊が城代を勤めた直峰(のうみね)城址に全国から観光客が訪れ、地元の人を驚かせている。(2009.5.10信濃毎日新聞)

天正6年(1576)御館の乱で、上杉景勝は上杉影虎側についた直峰城を寝返らせ、城主長尾景明を自刃に追い込んだ。これにより、分断されていた景勝の地元であり兼続の父樋口惣右衛門が在陣していた坂戸城と春日山城のルートを確保することが出来、同時に影虎が頼みとしていた実家北条家の越後領内への侵入を阻むことも可能になったのです。すなわち、御館の乱の勝敗の帰趨は、一つにこの直峰城をどちらが手中に収めるかで決まったともいえるのではないでしょうか。

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