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新選組二番隊組長 永倉新八 会津藩士の子孫が著書「新撰組顛末記」の通説を訂正 [人物]

 新選組の元幹部、永倉新八が慶応4年8月の会津戦争の際、現在の福島県会津若松市内で宿泊した先は、通説の「酒造家石塚」ではなく「酒造家石津屋」とみられることが、幕末明治史の研究に取り組んでいる札幌市教育文化会館館長好川之範氏らの調査でわかった。(2009.11.30毎日jp)

 慶応4年3月甲州勝沼の戦いでの敗走の後に永倉新八は近藤勇と袂を分かち、原田左之助と共に松前藩の旧友芳賀宜道を隊長とする靖共隊を結成し奥羽戦役を戦った。会津戦争では若松城がすでに新政府軍に包囲されていたため城内への合流を果たすことが出来ず、雲井龍雄の誘いで米沢藩に向かうが、上杉家も降伏したため江戸へ戻っている。

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原惣右衛門元辰 吉良邸討ち入りの際に使われた脇差を発見 [人物]

 赤穂義士を祭る兵庫県赤穂市上仮屋赤穂大石神社は、大石内蔵助に参謀として仕えた足軽頭・原惣右衛門元辰(もととき)が討ち入りの際に使ったとされる脇差しが見つかったと発表した。(2009.11.14YOMIURI ONLINE)

 原惣右衛門は赤穂四十七士の中で大石内蔵助を補佐した参謀としては吉田忠左衛門に次ぐ存在である。江戸の堀部安兵衛らが中々腰を上げない内蔵助に業を煮やし、惣右衛門を中心に決起しようとしたことさえあった急進派の中心でもあった。細川藩邸で切腹した後、その子息は広島藩浅野本家で召抱えられ原家は存続している。

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屋代越中守秀正 戦国乱世を生き抜いた処世術 [人物]

 戦国武将上杉景勝の重臣である直江山城守兼続(1560-1619)が会津葦名家に宛てたこより状の密書が見つかり、12日、東京都内で報道陣に公開された。関ケ原の役直前に徳川家康に送り兼続の名を高めた「直江状」は後世の写しがあるだけで、今回のような「書状の原本は非常に珍しい」(増田孝愛知文教大教授=書跡史学)という。(2009.11.13毎日jp)

 発見された直江兼続の密書には天正12年に謀反を起こし城から行方不明となった屋代秀正に対して注意を促す内容が書かれてるとある。当時、上杉家が支配する海津城の副将であった秀正は守将の山浦景国(村上義清の息子)と折り合いが悪く、北信濃に侵攻した徳川家酒井忠次の仲介で更科の支配を任せる件を持ちかけられた事を切欠に上杉家から離反した。

 もともと東信濃埴科郡荒砥城は秀正の先祖伝来の土地であり城であったため、天文年間より反目し合う村上氏と顔をつき合わせてるより、旧領を復帰出来るという徳川の餌に食いつく方がはるかに魅力的であったわけだ。しかし、記事にある密書が送られた後、秀正は景国と上杉勢の猛攻を受け持ち堪えられずに城を捨てて家康の下に逃亡。荒砥城はその後徳川の進出を嫌った景勝により廃城となった。

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纒向遺跡 卑弥呼の宮殿?国内最大級の建物跡を発見  [史跡]

 邪馬台国の有力候補地とされる奈良県桜井市辻の纒向遺跡で、3世紀前半で国内最大の大型建物跡が見つかったと桜井市教育委員会が10日に発表した。(2009.11.11奈良新聞)

 今回発表のあった大型の建物跡とは、今年3月に発見されたそこに連なる西端の建物跡から東に続く3棟のうちの一つです。3月に私が書いたBlogを読むと、桜井市教育委はその時点で大型の神殿のような中心的な建物の発見を予想していました。実際に発見された建物跡を卑弥呼の王宮であると確定するのは時期尚早かもしれませんが、弥生から古墳時代にかけての国内の大型建物跡としては、佐賀県吉野ヶ里遺跡で発見された祭殿をしのぐ最大級のものであるということは確かなようです。

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大浦慶 親族に伝わる坂本龍馬古写真がオリジナルの可能性大 [人物]

 日本茶貿易の先駆者、大浦慶の親族となる長崎市新戸町の自営業竹谷浩和氏(49)が保存している坂本龍馬の古写真が、印画紙に焼き付けた龍馬のオリジナル写真の可能性が高いことが分かった。龍馬と慶の交流を示す具体的な資料は乏しいこともあり、歴史研究者は「貴重な写真」と話している。(2009.11.6長崎新聞)

 大浦慶は長崎の油商の娘として生まれ、出島からの茶貿易をおこない安政から慶応にかけての10年間をピークに財をなした人物である。明治以降は九州より静岡茶の輸出が主流となったことと、熊本藩藩士遠山一也に騙され、いわゆる遠山事件に連座する形で没落してしまった。しかし、死の間際の明治17年に政府より茶輸出貿易の先駆者としての功績を認められ、茶業振興功労褒賞を受賞している。

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真田幸村の末裔 領地があった宮城県蔵王町で仙台真田氏をテーマに講演会 [topics]

 宮城県蔵王町教委は11月7日、同町円田のございんホールで、町東部に領地があった「仙台真田氏」をテーマにした歴史講演会「仙台真田氏の誕生」を開く。仙台藩主伊達家の家臣だった仙台真田氏は、戦国時代の名将・真田幸村の末裔である。(2009.10.22河北新報)

 また、ございんホールでは11月23日まで仙台真田氏の誕生と功績に迫るパネル展も主催している。

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