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曹操孟徳 河南省の陵墓を曹操の墓と断定、遺骨も発見 [topics]

 27日付中国新聞社電によると、河南省政府で文化財の保護・管理を行う部署の省文物局は同日、安陽市安陽県の安豊郷西高穴村の「曹操高陵」を、三国時代に活躍した曹操(155-220年)の墓と断定したと発表した。「曹操高陵」内部からは、60代男性のものとみられる遺骨も見つかった。(2009.12.27Yahoo Japanニュース)

 作家司馬遼太郎は、中国の墳墓というのは造営が始まった瞬間から盗賊たちが盗掘用のトンネルを掘り始めると書いている。すなわち、ほとんどの墓が発掘調査を行っても盗まれた後で、空の状態であったということ。曹操ほどの歴史上の人物も例にもれず、そのように今日まで考えられてきたようだ。

 今回曹操のものと断定された墓もこれまで何度も盗掘にあっていたため、保護を目的に2008年より発掘調査が行われてきた。墳墓内は700平方mもある広大なもので、発見された副葬品は259点におよぶ。中でも有力な根拠となったのが、「魏武王」と書かれた石板の存在である。生前、曹操は決して自らを帝とは称さなかった。その死後、子の曹丕が後漢献帝より禅譲を受け魏王朝を開いたことにより、「太祖武帝」を追号された。 

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仙台城 伊達藩の酒造り発祥地を証明する木簡が出土 [史跡]

 仙台市教育委員会は10日、同市青葉区の仙台城三の丸跡(現市立博物館)に隣接する江戸時代の御用酒屋「榧森(かやのもり)家」跡とみられる酒造屋敷跡発掘調査で、同家の六代当主にかかわる遺物や酒造りに関係する多数の遺物が発見され、調査地が酒造屋敷の一角であることが証明されたと発表した。(2009.12.11毎日jp)

 2008年秋に仙台市博物館が主催した「最後の戦国武将 伊達政宗」展には政宗公直筆の多くの書状が展示されました。その中には二日酔いが原因で公務を欠席する際、家臣に腹痛(むつけ)のためと相手に断るよう指示した手紙などもあり、実は宴席好きではあるがそれほど酒に強くなかったと思われる政宗像が浮き彫りになり面白かった記憶があります。

 これまで記録などから、仙台城三の丸に酒造所があったということは確認されていたが、それを裏付ける証拠は存在していなかった。記事にあるように城の中で酒造りをしていたという例は少ないようで、これは部類の酒好きとされる政宗を立証する大きな発見であるといえよう。

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