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荘厳寺の逆さ門 [史跡]

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 仙台市青葉区片平町高等裁判所周辺はかつて仙台藩重臣の屋敷街でした。国老原田甲斐宗輔邸もその一角にありましたが、寛文事件後には破却されてしまいました。屋敷の裏手すぐに広瀬川が流れていましたので、壊された家屋の廃材は全て川に捨てられたとのことです。しかし、屋敷の薬医門のみは北山新坂の荘厳寺に移築されたと伝えられてきました。

 逆臣となった屋敷の門であることから、この門は部材を逆さに組んであり、これが「逆さ門」と云われる所以となっています。また、男子は悉く死罪となった原田家を荘厳寺で弔い、移築した門を今日まで保存してきたことに原田甲斐忠臣説を結びつける人もいるようです。

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近藤長次郎 子孫が長崎に顕彰碑建立を計画 [人物]

 幕末の志士坂本龍馬の片腕といわれた近藤長次郎の顕彰碑を長崎市に建立しようと、長次郎の子孫らが準備中だ。子孫らは「関心がある人は力を貸してほしい」と呼び掛けている。(2010.8.11長崎新聞)

 「虚名を賤しみ 実田を貴ぶ  浮淫を破り耕戦を督す 賞罰を明らかにして富強を営む 〇術数余り有而 至誠足らず 上杉氏之身を亡ぼす所以なり」 

 坂本龍馬は慶応二年一月十四日(1866.2.28)に切腹した亀山社中の同志上杉宗次郎こと近藤長次郎の死を悼み、自身の手帳にこう書き残した。有能であったがための驕りが自らの死を招くことになったという書込みは、そのまま現在に至る長次郎評となってしまった感がある。だが、言葉とは裏腹に、友の死を深く悲しむ龍馬の心の声が、そこから聞こえてくる。

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お夏と清十郎 物語として語り継がれる悲劇の二人を供養する [史実]

 江戸時代の悲恋物語の主人公を供養する「第62回お夏・清十郎まつり」(神戸新聞社など後援)が9日、姫路市野里慶雲寺前町の慶雲寺とその周辺で開かれた。(2010.8.10神戸新聞)

 井原西鶴の『姿姫路清十郎物語』を含むオムニバス浮世草子『好色五人女』が出版されたのは貞享三年(1686)であり、近松門左衛門の浄瑠璃『五十年忌歌念仏』お夏と清十郎の物語が初演されたのは宝永四年(1707)である。それらは共に万治二年(1659)に播州姫路城城下で実際に起きた事件を下地に創作された物語だ。

 元禄を代表する二人の作家が取り上げたこの物語に、庶民は熱狂的な関心を寄せた。それは作品への素晴らしい脚色があったのは云うまでもないが、同時に当時の厳しい社会制度を越えた悲劇の中に、人間の本質を見出したからではないだろうか。

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