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井上ひさし氏が肺がんのため亡くなる [その他]

 「父と暮せば」「吉里吉里人」「ひょっこりひょうたん島」など、笑いと社会批評を織り交ぜた戯曲や小説、エッセーを数多く発表、平和運動にも積極的に取り組んだ劇作家、作家で文化功労者の井上ひさし(本名廈=ひさし)さんが9日午後10時22分、肺がんのため死去した。(2010.4.1147NEWS)

 私は井上氏の作品を多く読んだわけではありませんが、読み終えた作品のほとんどに強い印象を受けました。仙台を舞台にした自伝小説の「青葉繁れる」や「不忠臣蔵」「四千万歩の男」などは、今も時々書架から取り出し頁をめくったりしています。作家として75歳というのはまだまだ活動出来る年齢のように思えますので、とても残念です。ご冥福を申し上げます。

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和泉守兼定 過去に二代目之定が懸賞の景品になったことが! [その他]

 古本屋で古書をパラパラめくっていると、今では考えられないような記事に出会う事があります。先日、徳間書店が昭和40年に刊行した全集「日本の戦史」にたまたま付随していた小冊子(著名な方の本書への添え書きや今後の刊行予定などを記した簡素な印刷物)を見て私は目を疑ってしまいました。

 この全集の愛読者サービスとして特別貴重刀剣の和泉守兼定ニ尺五寸五分を抽選で一名にプレゼントするという内容だったのです。しかも、それが二代目兼定いわゆる之定(のさだ)の最上大業物をです。私は本書そっちのけで、小冊子ばかりに何度も目を通してしまいました。

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「歴女」「戦国ブーム」 専門家はこう分析する [その他]

若い女性達の間で起きている「戦国ブーム」。滋賀県長浜市で「北近江戦国浪漫フェスティバル」を主催している長浜城歴史博物館学芸員の太田浩司氏はこう分析する。(2009.5.11中日新聞)

東京都神田小川町、いわゆる古本屋街にある「歴史時代書房 時代屋」という歴史をテーマにした専門店がすごい人気だということを、今更ながら知りました。お客さんの40%が女性だというのも驚きです。

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再読綱淵謙錠 [その他]

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過去記事「松平肥後守容保」の中には参考文献としては載せなかったのですが、記事を書くにあたって私が最初に手元に置いたのは綱淵謙錠著「戊辰落日」でした。

時系列の史実を参考にするという為ではなく、慶長4年8月23日(10月8日)に新政府軍が若松城を急襲した時の混乱した城下の空気のようなモノを感じたかったからです。

綱淵謙錠氏の遺した作品にはそうした歴史上の事件を装飾なしに事実のまま再現しているのが特徴であると思います。

私はそれまでは物語としての歴史小説や時代小説をもっぱらとしていました。しかし、いつの頃からか史実を記したり、評価した歴史書の方を好んで読むようになりました。

おそらく、そういった書を読むようになったきっかけというのが綱淵謙錠氏の「斬」であったと思います。

「斬」は小説ではありますが、それまで私が読んできた小説とは一線を画した重厚な作品でした。簡単に言えばドキュメントタッチとでも云いましょうか、創作性の入りやすい登場人物達の心理描写を尽く省略し、豊富な資料をほぼ原文に近いまま使用するスタイルで、史実の上に主人公がどのように生きたのかを淡々と書き綴っていくタイプの作品です。丁度、歴史小説と歴史書の中間に位置するものと評価されているとおり、私自身もそう感じます。

全編を貫く緊張感が読後には疲れを感じさせるかもしれません。しかし、それが良い意味で真実の歴史に触れる事が出来たような感想を持つ事が出来ました。

実際、原文に近い資料の箇所などは最初は非常に読みづらくて中々進まなかったのです。むしろ苦痛でさえありました。物語は150年近い時間を遡った幕末から明治に罪人の斬首という刑罰も消え去ろうとする頃、代々それを生業にしてきた山田浅衛門の時代に翻弄される姿を淡々と描いた作品です。

私は読み進めながら、綱淵氏のペンを通して首切りの刑という現場に放り出されたような錯覚を起こしました。斬首の瞬間の刀の閃き、肉の切れる音、そして流れる血の色があまりに生々しかった記憶があります。あくまで文字を通してのイメージにすぎないのですが、ショックであった事は間違いありません。

読み慣れない古文書も氏の作品群を読み進めていくうちに、いつしか苦痛ではなくなりそれまで読んできた歴史小説と同様にどんどん引き込まれていきました。それよりも歴史小説や時代小説が何だか物足りなくなり、中公や岩波の歴史新書や新人物往来社の書籍の方を好んで読むようになったのも氏の作品のおかげかもしれません。

まさにその切欠になったのが綱淵謙錠氏の作品だったというわけです。

「戊辰落日」の新政府軍が若松城下を急襲したその日の朝、会津藩家老西郷頼母の母と妻子ら女性達は初めから城内への入場は考えてもいませんでした。いつもと同じような日常の中で静かに死についていく、その描写に私は背筋に寒気を感じずにはいられません。氏の筆写にはなんの大げさな修飾はありません。むしろ、それが逆に生々しく自身が頼母邸の現場にいるような錯覚を読む度に覚えるのです。

私が記事を書くにあたって、その現場の空気のようなものをあらためて思い起こしてこそ、はじめて書けるのではないかと思い、書を読み直して見た次第なんです。

綱淵氏の新作を読む事はもう出来ませんが、私の手元にあるほぼ全ての作品を今後何度も読み返していくと思います。

 

 

 

 

 


歴史はミステリーによって真実に近づく! [その他]

最近歴史の謎を題材にしたバラエティ番組が多いと思いませんか?

ちょっと調べただけでも週に3本ぐらい放送してますね。似たような番組が製作されるというのはそれだけ人気があるという事でしょう。

多くの日本人が歴史に対して教科書どおりを受け入れるのでなく、この歴史は本当の事なんだろうか?というように少し疑問符を付けて接し始めていると解釈してもいいのかと思います。

中にはかなり大胆な仮説を投げかける番組もありますが、それはそれで本当?と自分なりの考えを巡らせるような素地が出来上がってきたとも言えるでしょう。

この傾向はとても良い事ではないかと私は思います。

元より私達が歴史とよび、頭の中の年表の中に並んでいる項目それらが全て真実であるとは限らないからです。

古代より歴史というものは戦争の歴史でした。そこには勝者と敗者がいます。それまで栄華を誇ってきた支配者側が一夜にして歴史の闇に埋もれるなんていうのは良く聞く話です。つまり教科書で読み、学校で習ってきた多くの事は戦勝者側の都合の良い記録だけで固められたものと考えるべきでしょう。勝者にとって都合の悪い敗者側の記録は破棄され改ざんされるのが歴史の常なわけです。勿論それらが全てでっち上げだとは言いません。歴史とは光と闇の両方の部分を知る事によってはじめて真実に到達出来たと言えると思うのです。

ですから、歴史に疑問符が付くのは当たり前なんです。事実を明らかにするのは容易な事ではありません。記録自体がないわけですから、後はわずかに残された史跡や旧家等に眠っているかもしれない今だに発見されてない未知の資料から可能性を探るしかないのです。

前回書いた伊達騒動はいわば、藩政を牛耳る伊達兵部とそれに反発する伊達安芸という一族の抗争の歴史でした。安芸側が勝者となった故に兵部側だった原田甲斐の記録は伊達安芸側で書かれた悪人としての記録だけが残ったわけです。しかし、真相を知るためにはどうしても敗者側の記録も確認する必要がありますが、それが不可能に近い為に現代に生きる私達には歴史=解明されてないものとして位置づける必要もあるのではないでしょうか。

考えて見れば、歴史の謎も何もなく100%真実が明らかであれば、知識の糧となるだけで面白味も何もないとは思いませんか?例えば、邪馬台国が九州にあったのか、畿内にあったのか。さんざん議論されていますが、議論されている今が一番楽しめると思うのは私だけではないはず。双方の主張を照らし合せるとそれぞれに納得できて笑えるぐらい楽しいものです。これが、仮にどちらかに確定してしまったらどうでしょう。歴史の引出しの奥に仕舞いっ放しになりはしませんか?(まぁ、最終的には白黒はつけては欲しいのですけどw。)

歴史の語られない部分を明らかにし、真実を知る事はとても大切です。私のように謎がある間の方が面白いなんて考えてるのは、日夜研究して苦労をされてる方々にはとても申し訳ない事と思います。

ですが、謎という?の部分から歴史を見たら逆に真実に辿りつけるきっかけになるかもしれません。教科書で習った事柄を鵜呑みにしてそのまま引出しに閉まっておいても先には進めません。謎として探求していけば、いつかとんでもない新証拠が発見されるかもしれません。

つい先日も現存している「源氏物語」の藤原定家の写本よりも古い大沢本が見つかり話題になりました。それらも奈良の旧家から戦後行方不明になっていたという事です。この写本の発見によって今は失われた紫式部の原本に近づけるかもしれないという事です。

このように私達が今だ考えもつかない歴史の闇の部分に突然光が当たる可能性は残ってるのです。そんな新証拠が見つかれば、今までの概念を180度回転させる事件になるはずです。

そんな日が来る事を楽しみにしつつ、今は歴史ミステリーの番組で謎をたくさん増やしておこうと思います。

 

 

 

吉野ヶ里歴史公園


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