So-net無料ブログ作成

現在の日本男優に西郷隆盛を演じきれる人物はいるのか? [topics]

 2018年NHK大河ドラマの主人公が幕末の英雄西郷隆盛に内定したとの記事を、週刊ポスト2016年9月9日号が伝えた。

 南洲翁の名が挙がった理由として、記事にも書かれてるが熊本地震の復興と明治維新150年の意味合があるのではと推測している。確かに、2013年の「八重の桜」も東日本大震災からの東北復興という大きな名目があったことは周知の事実だ。

続きを読む


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

ナポレオン・ボナパルトとヴィジル号 [topics]

img_5ddaa1b88b7b9ee3f4fef85a831df766166499.jpg 

 フランス・パリの軍事博物館が所蔵する仏国皇帝ナポレオンの愛馬ヴィジル号剥製のクラウドファンディングによる修復が行われた。

 ヴィジル号は、1802年6月25日仏国がオスマン帝国との平和条約締結の際、スルタン・セリム3世から友情の証としてナポレオンに贈られたものだ。記録によると、体長1.35m、アラビア種の牡馬で色は斑入りのグレーだったという。左臀部にクラウンを載せたNが焼印されている。

続きを読む


トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

馬場出雲親成 真筆ならば唯一現存する政宗公自筆画が発見される [topics]

 仙台藩祖伊達政宗が描いたとされる画が宮城県塩竈市の旧家で保存されていることが判った。これまで政宗公自筆の絵は現存していないとされていたが、真筆と鑑定されれば唯一のものとなる可能性がある。

 戦前、宮城県内に政宗公の自筆とされる画が2点確認されていたが、現在は行方不明だという。公表された「貞山公御自筆梅雀画」は、春先のまだ寒さの残る陽だまりの中、綻んだ梅の枝に寄り添い暖を取る二羽の雀が描かれている。

 記事から、公は絵を学んだことはないらしいが、画は江戸期前半の狩野派の画風ということだ。

続きを読む


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

白蓮事件 連続TV小説は朝の大河ドラマ もう一人の主人公燁子の嫁ぎ先旧伊藤伝右衛門邸の入館者が急増 [topics]

 現在放送中のNHK連続テレビ小説「花子とアン」の主人公村岡花子の友人で、もう一つのストーリーラインの主役である燁子が嫁いだ福岡県飯塚市の旧伊藤伝右衛門邸がドラマ同様に人気を集めている。この邸宅は燁子が生活していた当時のままに現存しており、飯塚市の有形文化財に登録されている。

 ご存じのように物語の中で仲間由紀恵さんが演じる葉山蓮子のモデルは、明治大正の実在した歌人である柳原白蓮こと柳原燁子である。同様に夫である炭鉱王伊藤伝右衛門も嘉納伝助として脚色されている。燁子は伯爵柳原前光とその妾奥津りょうの間で明治十八年に生まれた。東洋英和女学校(ドラマでは修和女学校)に入学した経緯は、最初の夫である北小路資武と離婚した後、預け先である兄嫁の家庭教師が同卒業生だったからである。既に二十歳を過ぎていた燁子であったが、年下の同級生たちとの学園生活を謳歌したという。(1)

続きを読む


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

階段の聖母子 若き日のミケランジェロ作浮き彫り彫刻が日本初公開される [topics]

 6月28日から福井県県立美術館にて、県内初となるルネッサンス期の芸術家ミケランジェロの作品展が開催される。中でも、15歳の頃に制作されたという『階段の聖母』は本国初公開となる。

 ミケランジェロが同性愛者であっただろうとする説は広く浸透している。史実としては一切証明されてはいないが、研究者の中にはそれがミケランジェロが幼少時に里子に出され、母親と死別したことに起因していると説いている。生後まもなく、フィレンツェ北東部の小さな集落セッティニアーノの石切職人の妻に預けられ、6歳の時に闘病中だった実母を失っているのだ。

 彼は生涯を通してこの死んだ母親についてほとんど口を閉ざしていた。更に、手紙や創作詩にも何も書いていないだけでなく、実家の経歴や記録さえも一切不明だという。その一方で、同時代のヴァザーリには『(石切職人の妻である)乳母の乳から彫刻を彫るのみや鉄槌まで飲み込んだ』、と話している。記録も記憶もないから実母に関しては何も話すことが出来なかったのか。それに対して、自分を芸術志向の人間に変えてしまうほど影響力があったとも考えている乳母のぬくもり。それは実の母でなかったかもしれないが、彼にとって子への愛というものを実感することが出来たのであろう。

 言葉に出来ない幼少時の大いなる悲しみを、初公開となる『階段の聖母子』から感じられるだろうか。

続きを読む


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

ミック・ジャガーは現代の西郷隆盛? [topics]

 サンディエゴ(CNN) 英ロックバンド、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーさん(69)が、子どもたちに家を買ってやるようにという元妻からの要求を退けた。英大衆紙のデーリーメールが伝えた。(2013.3.25 CNN)

 或る時「幾歴辛酸志始堅 丈夫玉砕愧甎全 一家遺事人知否 不為児孫買美田」との七絶を示されて、若し此の言に違ひなば、西郷は言行反したりとて見限られよと申されける。 『南洲翁遺訓』

 明治ニ十二年に大日本帝国憲法が公布された際、西南戦争で賊となった西郷隆盛の名誉が回復された。旧庄内藩士菅実秀は生前の南州翁から聞いた話や言葉を一冊の書にまとめ、翌年これを『南洲翁遺訓』として発行した。

続きを読む


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

戦国大名蘆名家最後の当主となった蘆名義広の書状が発見される [topics]

 東根市の旧家の所蔵品を調査していた「東根の歴史と民俗を探る会」は、戦国時代の福島県会津地方の領主・蘆名(あしな)義広(盛重、1575~1631年)の書状とみられる古文書を見つけた。対立していた米沢城主・伊達政宗との和睦を、同盟関係にあった領主に伝える内容。きょう9日午後1時半から東根市の東の杜(もり)資料館で開く同会12月例会で、調査内容を報告する。(2012.12.9 山形新聞)

 天正十五年(1587年)、前年にわずか3歳で早世した会津蘆名家当主亀若丸の継嗣問題で、伊達家と佐竹家は自らの血縁を入嗣させるために争っていた。伊達氏は政宗の弟竺丸をその座に着けようと画策していたが、佐竹氏に敗北を喫した。そのため、佐竹義昌の実弟が蘆名義広を名乗り、その結果、伊達氏との対立は決定的なものとなった。

 天正十七年、最上義光の取成しで大崎氏を従属させた政宗は、北の憂いを断ち、積極的な攻勢を掛けることで、南奥羽の戦局を一気に展開させた。その最終局面は六月五日、磐梯山の麓摺上原で佐竹・蘆名の連合軍との戦いに勝利したことであった。結果、蘆名氏は会津領から駆逐され、政宗は南奥羽の覇者となったのだ。

続きを読む


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

仙臺まつり 甦る仙台っ子の誇りと夢、往時の絢爛豪華を伝える青葉まつり [topics]

 東日本大震災からの復興の願いを込めた第28回仙台・青葉まつり(まつり協賛会主催)は最終日の20日、仙台市中心部で「本まつり」が行われ、藩制時代の栄華を伝える「時代絵巻巡行」が繰り広げられた。(2012.5.21河北新報)

 承応三年(1654年)三月、着工以来四年七ヶ月の日数と総工費四万二千四百九十六両を費やして仙台東照宮は落成した。御神体は束帯木造坐像の徳川家康で京の大仏師左京法橋幸和が制作、上野寛永寺最教院で点眼供養を行い、神輿は三月六日江戸を出立し十六日着。それから三日間の遷座式、十九日に社頭で喜多流二世十太夫らによる法楽の能が行われた。この時、仙台藩二代藩主忠宗公は毎年九月十七日を祭日とし、藩主在国の年に城下十八ヶ町の商人町に祭山車である山鉾を出すよう布令を発した。これこそかつて仙台城下の全士民が熱狂した仙臺まつりのはじまりである。(1)

P5210036.JPG

『本まつり当日政宗公に扮した伊達家十八代当主泰宗氏が騎馬で登場すると、沿道の観客から一斉に歓声が沸き起こった。』

 昨年の大震災をうけて2年ぶりの開催となった仙台・青葉まつりですが、その前身が仙台東照宮の祭礼であることは多くの人が知るところでありましょう。しかし、その起源である仙臺まつりとは如何なるものであったかとなると、これを知る人は意外に少ないのではないでしょうか。明治32年の仙台開府三百年祭を最後に歴史の幕を閉じた仙臺まつりですから、実際に目と耳で経験したという方は皆無のはずです。私達がそれを知る手がかりとなるのは語り継がれてきた昔話や文献でしかありません。

 仙臺まつりが具体的にどのような祭りであったかを私が知ることが出来たのは、郷土史研究家である三原良吉の著書「仙臺郷土史夜話」からであります。この本は書店でありながら、宮城県の郷土誌も出版していた宝文堂が発行したものです。宝文堂書店は平成19年に惜しまれつつも閉店してしまったため、現在この書を目にするためにはわずかに古書として発売されているものか、あるいは図書館だけとなってしまいました。読むための方法が全く閉ざされてしまったわけではありませんが、市民にとって大切な歴史を学ぶ機会が限られてしまったことは残念としかいいようがありません。さらに、現代の私達が知る見る聞く行為に対して、最も活用頻度が高いネット上にも「仙台まつり」というキーワードからその具体像を確認することは難しいようです。

 氏の著書はいち地方の郷土誌という括りになるのかもしれませんが、それでも政宗公が開府した歴史ある仙台という街の知られざる一面を学ぶことが出来る貴重な一冊であると私は確信しています。幸運にもそれを一読する機会を得られた私は、稚拙な文章ながらもwebに文書を公開していることもあり、氏の著書を参考に仙台城下の人々が誇りを持ち楽しんだお祭りがどのようなものであったかを書かずにはいられなくなった次第であります。

続きを読む


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

アンギアーリの戦い 不世出の天才ダ・ヴィンチとミケランジェロの共作、失われたフィレンツェ・ベッキオ宮殿の壁画を発見か? [topics]

 イタリア・フィレンツェで壁画を調査していた研究チームは12日、16世紀に失われていたレオナルド・ダビンチの作品「アンギアーリの戦い」とみられる壁画を、別のフレスコ画の下から発見したと発表した。(2012.3.13 CNN)

 1503年フランスのルイ12世はベネツィア共和国と同盟を結び、ミラノ公国を陥落させた。1482年以来ミラノにて「岩窟の聖母」「最後の晩餐」を完成させ、名声を手に入れることの出来たレオナルド・ダ・ヴィンチは故郷フィレンツェに戻り、その年市庁舎大会議室の壁画に1440年フィレンツェがミラノを破ったアンギアーリの戦いを描くよう共和国から依頼された。

続きを読む


コメント(0)  トラックバック(2) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

宮城縣郷土かるた 震災復興と戦災復興、かさなる願いを込めて半世紀ぶりに復刻 [topics]

 山形ゆかりの兄弟が1949(昭和24)年に制作した「宮城県郷土かるた」が半世紀以上の時を経て復刻された。敗戦からの復興途上にあった宮城県の姿を兄が詠み、弟が描いた合作かるた。東日本大震災で大きな打撃を受け、再生への道を歩み出した現在の宮城に重なる読み札もあり、「被災地に贈りたい」とまとめて購入するケースもあるという。(2011.12.31山形新聞)

 「郷土カルタ」は当地の伝統、自然、歴史、偉人、行事、産業といった様々な特色を詠み込んだもので、いわゆる「いろはカルタ」や「百人一首」などとは少々趣の異なるものである。平成13年に確認されたものでも、全国に535種類近くあるというのは驚きだ。中でも群馬県127種、埼玉県101種は全体の約3割を占め、大会も盛んに行われている。(1)

続きを読む


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー